柵の向こうの彼女
どこか違った柵の向こうの後輩と僕
「あ、先輩、今日は遅かったですね。」
屋上の扉を開けると、彼女はそんなことを言ってきた。
「いや、ちょっと野暮用でな。」
「先輩にしては珍しいですね。」
まあ、野暮用くらいあるさ、と適当にごまかしておく。彼女は、ふうんと適当に返す。時間はもう遅く、夕日は赤く、屋上の緑を照らしている。
「そういえば先輩、自転車、もってますか。」
そう彼女が突然話し始める。ようやく僕は「日常」に戻ってきた。そうして僕はベンチに座り、彼女は柵の向こう側にいる。
「持っているけど、なんで? 」
「いや、もうこの際空飛んだり、車という文明の利器を使わずにここは一つ、自転車という手段を用いてみようかと。」
「それはママチャリかい? 」
「はい、ママチャリです。」
「で、どこまで。」
「とりあえず、日本を一周しようかと。」
「とりあえず、『とりあえず』の量ではないな。」
「先輩、夢がないですよ。」
「君が夢みがちなんだよ。」
そう返すと、君は膨れて、そんなことないですよ。と返す。いつもの光景、いつもの景色で、彼女と僕はいつもの会話をしていく。
「なあ、君はなんでそこを求めるんだい。」
だから、油断してたいたのかもしれない。それは、ひたひたと忍び寄っていたのかもしれない。けど、僕はそれが観測できなくて、そして、彼女は笑って言ったんだ。
「だって、そこでは私になれますから。あなたの私ではなく、『私』に。」
そう彼女は笑いながら言った。嫌になるくらいの満面の笑みで言った。それがとても怖くて、でも、とても綺麗な笑みで、僕は逃げた。その時、校舎にチャイムがなっているように聞こえた。