柵の向こうの彼女
うさぎと日常と異常と
夜、部屋で本を読んでいると、1階から、破砕音が響き始めた。今日も彼は暴れているらしい。僕は扉を固く閉ざし、布団の中にもぐりこむ。皿の割れる音、壁を殴る音、それらが、高く、低く、鋭く、鈍く響き渡っている。時たま、獣よりもひどいうなり声が響いてくる。ああ、いやだ。耳が腐りそうだ。むしろ、腐ってくれたほうがましかもしれない。この音を聞かなくてすむのなら。そんなことを思いながら、僕は音が引くのをじっと身を潜めて待つ。嵐が過ぎ去るのを待つ森のウサギのように。
嵐が過ぎ去ったあくる日の朝、僕は変わらず、学校へ行く。窓際の一番後ろの席に座り、皆が来るまで、本を読む。そうして、友達が来て僕は見てもいないテレビと、聞いてもいない音楽、そして、今日は映画もあった。それらをそつなくこなして、今日もいつも通りの一日が始まり、相変わらず、楽しくもなくつまらなくもない授業をこなしていくと、昼休みになる。購買でパンを買い、友達との会話を流れ作業でこなしていく。そして、僕は図書室へと向かった。
図書室のドアが開く。人工的に冷やされた空気と、新旧合わさった紙とインクの独特の匂いが来る。カウンターに向かい、読み終わった本を置く。ふと見ると、それは、三つ編みの一年生だった。毎週同じ日に借りるから、どうにも彼女と顔を合わす回数は多くなる。いい加減こっちも顔を覚えられているかもしれない。「ありがとうございました」と彼女が言い、「どうも」と僕も返す。これも定型文だな、なんてことを思って僕は本の海へと入っていく。十数分ほど、本棚を歩き回りながら、物色していく。その中から一冊の本を選び出す。今日は赤飯の食べすぎで胃に穴が開いて死んだ明治の大作家の、三角関係の末にみんな自殺した名作を選び出した。それをカウンターに持っていき、三つ編みの彼女に渡す。彼女がバーコードを通して、僕に本を渡す。いつも通りのやり取りで、いつも通りの会話になる。そのはずだった。
「あの。」
しかし、現実はそうは行かずに、
「少しお話してもいいですか。」
彼女は僕の「日常」を飛び出した。