Last Message
私が育ててもらった、国道沿いの古ぼけた2階建ての
アパートの階段を上がった一つ目の部屋が
おばあちゃんの家だ。
鍵は持っていなかったが、子供の頃から
おばあちゃんが鍵を隠す場所は
青い森永乳牛の木の箱の中か
外に置いた二層式洗濯機の脱水機の底か
アロエの鉢植えの下のどれかと決まっていた。
青い木の箱の中に鍵は入っていた。
閉め切った部屋の空気はムッとして
なのに、空気の入れ替えをする気持ちにはなれなかった。
時が止まったままの、その空間の何も動かしたくなかった。
玄関横の下駄箱の上の水槽は空っぽで
縁日で買った鯵のように大きくなってしまった
デメキンはいつ死んだのだろうか…。
子供の頃は高くて届かなかった
ガスコンロは、おもちゃのように小さく
天井の吊り棚には、簡単に手をのばすことができた。
すでに部屋の全ては死んでいたが
透明のケースに入った水色のドレスの
フランス人形は、とても悲しげだった。
私は思い出したかのように
置き去りにされたモノたちを、
次から次へ、東京駅で慌てて買った
使い捨てカメラで撮りまくった。
おばあちゃんの思い出ではあるが
私の思い出でもある。
おばあちゃんが死んだら、どうせ全部ゴミのように
捨てられてしまうのだろう。
私は子供の頃に使っていた「ムーミン」の形をした
シャンプーの空き容器だけ持ち帰った。
おばあちゃんは、そんなものまでとってあった。
しばらくの間、部屋を見渡し、鍵を掛け
アパートの階段を下りる。
振り返ってもう一度見上げた。
作品名:Last Message 作家名:momo