約束
奈津美が病室に入ると、孝太はベッドの上で眠っていた。
内装がアイボリーで統一された病室は明るかったが、病院独特の匂いが隅々まで漂っていて、そこに入った者は、否応なしに今いる場所を強く意識させてしまう。
奈津美は、自分がその匂いに慣れきってしまっているのに気付いていた。
孝太のベッドの周りには、ぬいぐるみやおもちゃや絵本が置かれ、入院生活の長さを物語っている。
奈津美は、点滴のチューブに触らないように気を付けながら、そっと掛け布団を直した。
眠っている孝太の顔を眺める。
髪の毛が1本も無いことを除けば、見た限りでは普通の7歳の子供だ。しかし、その小さな体の中では、凶悪な白血病細胞が暴れまわっているのだ。
孝太が白血病を発症したのは、4歳のときだった。
最初は、単に疲れが溜まっているのだと思った。
疲れやすく、すぐにごろごろするようになり、やがて鼻血が出やすくなり、歯茎からも出血するようになった。
熱が出やすく、すぐに風邪をひき、いったんひいた風邪がなかなか治らなかった。
体中のリンパ腺が腫れるようになり、病院で診断された病名が、白血病だった。
小児に多い白血病はALLと呼ばれる急性リンパ性白血病だが、孝太はAMLと呼ばれる急性骨髄性白血病だった。
かつては不治の病と言われた白血病だが、現在では決して不治の病ではなく、特に小児患者は成人患者と比較して生存率が高く、小児ALLの5年生存率は70%~90%となっている。白血病の場合、5年以降の生存率は非常に高く、5年持ちこたえれば、ほぼ生還したと言える。つまり、5人に4人は助かる病気なのだ。しかし、AMLではその数値は下がり、およそ50%~70%程度となってしまう。助かるのは5人中3人だ。
孝太はその3人の中に入るために、今まで白血病と戦い続けて来た。
だが、その戦いは間もなく終わるかも知れない。
孝太の敗北という最悪の結果で。
作品名:約束 作家名:sirius2014