約束
プロローグ
分娩室に元気な産声が響いた。
看護師や助産婦がてきぱきと動き、生まれたばかりの新生児は、直ちに羊水を除いたり、体を拭いたりといった処置が施される。
やがて、まだ分娩台の上で汗で濡れた髪を額にはりつかせた母親の元に、生まれたばかりの赤ん坊が運ばれて来た。助産婦が赤ん坊を母親の隣に寝かせる。
「元気な男の子ですよ。」
母親は目の前にいる自分の初めての子供を見つめた。
まるで赤い猿のようだ。目を閉じたまま、もぞもぞと体を動かしている。
母親は、赤ん坊の右の頬に、鉛筆の先で突いたしみのような、小さなほくろがあるのに気が付いた。
母親は左手の人差し指の先で、そのほくろを優しく突きながら、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「初めまして。ようこそ私のところへ。」
その途端、赤ん坊がぱっちりと目を開いた。母親の顔を見た赤ん坊の小さな口が横に広がり、両端がわずかに吊り上った。
「この子、もう笑ったわ。」
母親はそう言うと、赤ん坊につられて思わず微笑んだ。
「これからよろしくね。びしびし育てるから。」
母親はもう一度、自分の初めての息子の頬のほくろを、優しく突いた。
作品名:約束 作家名:sirius2014