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お加世

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「そこよ。自白せぬうちは刑も執行できぬ。それにお主も責め方の手練者なれば、あれだけの責めを受けてどうなるかわかろう。それをあの娘、笑っておった。儂もこの歳で背筋が寒くなったわ……」
 加納主税は目を開けると、眉間に皺を寄せて、静かに言った。
 そこへ下役人が現れ、恭しく頭を下げた。
「ただ今、入牢中の亀井屋が娘、加代が息を引き取りましてございます」
 森田一徳の血相が変わった。

 牢に急行した加納主税と森田一徳は、満足そうに薄笑いを浮かべている、お加代の遺体と対面することになる。
「のう、森田……。我らは真実を追求するのがお役目だが、時に人とはまったくわからぬものよのう……」
 お加代の死に顔を見た加納主税が、目を瞑って合掌した後、やり切れない表情で唸った。
「お奉行様、比度の一件はご定法より逸脱しました、私の責めが原因でございます。私めに何なりと罰を……」
 森田一徳が崩れ落ちる。その先は言葉にならなかった。加納主税はしゃがみ込むと、そんな森田一徳の肩を軽く叩いた。
「立派な娘だったが病だったのだ。そうだ、これは病だ。病の者を罪に問えるはずもなかろう。森田よ、清吉殺しの下手人は他におるぞ」
 森田一徳がくしゃくしゃになった顔を上げ、加納主税を見上げる。
「森田、娘に美しく死化粧を施し、遺体は亀井屋に引き渡すのだ」
 遺体が遺族に引き渡されるということは、即ちお加代が罪人ではないということを意味していた。確たる証拠があり召し捕らえられ、獄死した場合は罪人として扱われ、非人に引き渡されるのが通例であった。それ故、比度の処置はまったくをもって異例のことであったと言えよう。
 更に周囲を驚かせたのは、お加代の葬儀に加納主税と森田一徳が参列したことだった。その際、加納主税は亀井屋に「立派な娘子でござった」と言い、香典に大枚を奮ったという。これでお加代が清吉殺しの下手人ではないことが、巷に認知されるようになり、亀井屋も商いを続けることができたわけである。

 一方、森田一徳の違法な拷問への詮議も行われたが、加納主税は「勝手に腹など切ってはならぬ」と言い置いた上で、半月の謹慎を言い渡した。
 そして毎年、お加代の命日に墓参りをするよう命じたのである。
 森田一徳は加納主税の命を忠実に守り、それからというもの毎年、お加代の墓参りを欠かさなかったという。
作品名:お加世 作家名:栗原 峰幸