桃色センチメンタル
皆が頬を赤らめて、興味深そうにあたしの話を聞いていた。そんなに泰成の発言は珍しいのであろうか。
聞いてみたところ、彼は下館という賑やかな街に住んでいるようだった。ファストフード店も少なく、公園すらも見当たらない。そんなこの明野町よりも遥かに大きく、全てがビルやコンクリートで埋め尽くされた街に住む彼。そう考えると、彼は茨城の都会っ子と呼んでもおかしくはない。だが、彼の言葉はそんなにも驚かれるような発言だろうか。
「桃ちゃん、後は泰成さんに何を言われたの?!」
女の子たちは次々と質問を責めてくる。何だかこちらの方が恥ずかしくなってしまい、うつ向いて赤くなった。そんなあたしを、流行のアイドルを庇うプロデューサーのように、親友の希美と滉が庇ってくれていた。
みんな、少し、落ち着こう。あたしはそう皆を制し、深く深呼吸をした。胸の鼓動が次第にゆっくりとリズムを打つようになる。滉が心配そうに顔を覗いてくれた。
「えっと、プリクラ撮ろうなって約束したよ」
きゃあ、きゃあ。煩くて愉快そうな歓声が机の周りで起こった。希美が不愉快そうに耳を塞ぐ。辺りを見渡すと、女の子たちはみんな、幸せな溜め息を漏らしていた。彼氏が出来たくらいで大袈裟だなあ。あたしはぼんやりとそう感じ、虚ろな目で指定された課題を解いたノートを机から取り出した。
「ねえ、泰成のこと知らないんでしょ。どうして皆そんなに嬉しがるの」
泰成だって! 彼女たちは再び歓喜の悲鳴を上げた。あたしは諦め、希美と滉と目を合わせる。二人も呆れたように首を振り、あたしも頷いて席をたち、仲の良い男友達のところへ向かった。
「おはよ竜太郎」
あたしが声を掛けると、竜太郎は友人の海と話す行為を止め、挨拶を返してくれた。海が言った。桃、彼氏出来たんだって? あたしは驚いて目を見開く。どうして知ってるの。彼らは女子から回ってきたと、まだあたしの机に群がる女の子たちを顎で指して答えた。あたしは彼女たちを睨んだ。しかし誰一人と何くわぬ顔をして、噂話に没頭している。広がることが当たり前だと言うように、彼女たちはひどく間抜けな顔をしていた。
噂は波だ。打ち寄せては引き、時間が経つに連れて新しい波に切り替わる。だが、そこで大きな揺れを受け取ってしまうと、それは忽ち津波に変わる。噂の海にあたしは流されたのだ。それは恐ろしく早い波を打ち、切り替わりの遅い波を持ち合わせる。残酷な海である。
ああ、波の声。
あたしは後悔をした。言わなければ良かった。彼女たちは、まだ泰成の学校の友人たちのように、男女交際という付き合いを快く受け入れることは出来なかったのだ。好きだから付き合う。そんな一般的な男女交際の仕方を理解出来ない、あたしとはまた違った種類の人間がそこに群がっていた。
やはり田舎と都会の違いだろうか。ふとそう思った。自分は都会の考えを持った田舎の者だったのかもしれない。遊ぶものもなくて、ただくだらない事で喜ぶ田舎の者とは気が合わないのかもしれない。あたしは泣きたくなった。今すぐにでも泰成のところへ行って、抱き締めて貰いたいと思った。彼の温もりを感じることが出来たならば、こんな光線のような恐ろしい興味も薄れるだろう。会いたい、会いたくて堪らない。
ああ海の声。ああ人の声。崩れそうになるそんなあたしの頭を、竜太郎はそっと撫でてくれた。
海に焦がして焦らして、ふいにあたしは、昨日の炭酸水の匂いを嗅ぎ付けた。