桃色センチメンタル
当時ネットにもメールにも触れて来なかったあたしは、彼と直接話すことしか、付き合う手段はなかった。彼はそれでも良いと言った。あたしは頷き、彼の隣で過ごす事を、小学生ながら誓った。
学校では告白をされただの、好きな人は誰だだの、そういう恋話が多い女の子グループに入っていた。けれど、なかなか自分の恋を告白する事は困難だった。桃の好きな人は誰なのと聞かれても、いない、と重い嘘をついてしまう。グループの女の子達には、いや、クラスの女の子達には、彼氏がいなかったのだ。あたしは彼女たちに冷やかされたり、男の子たちに泰成の存在が知られてからかわれるのを恐れていた。
日が経つに連れて、それはだんだんと悩みに変わっていった。どうして、他人の恋にクラスは興味を示すのだろう。自分以外の男女関係など、全く当てにもならないというのに。
そこで、この事を自分だけの秘密にしていれば、泰成はクラス内であたしだけの男の子になるのではと思いつく。だが、それは口惜しく、勿体ないような気もする。あたしの中でこんなにも活発で手の大きく、優しさに満ちた男の子が笑っているというのに。彼の素敵なところを解ってくれる人は、あたしが伝えないと、決して現れる事はないのだ。
それについてを相談すると、泰成は腹を抱えて笑った。不機嫌になって横を向く。もう、笑い事じゃないんだから。そう呟くと、彼はあたしの机の上に腰掛け、得意気に言う。
「俺はもう言っちゃったけど?」
うそ。あたしは驚いて声をあげた。どうして?! 杉山の学校の人たちはあたしの事なんて知らないじゃん。あたしは腹をたてた。こちらは本当に酷く悩んでいたというのに、彼氏の泰成と来たらなんてお調子者なのだろう。相変わらず野球少年の彼がいい加減に見えて、あたしは溜め息を漏らした。
「だって、自慢したかったんだもん。俺の初めての彼女、すげえ可愛いじゃん。自慢せずにはいられねえよ」
頬を染めて、あたしは思いきり彼を突き飛ばす。彼はいててと笑いながら、そんなあたしをさも愉快そうに眺めていた。あたしは彼を無視し、自動販売機で買ったペットボトルのオレンジジュースの蓋を開け、飲む。
好きになってしまった人のパワーは、強くて素晴らしい。心の何処かであたしの悩みの種が、炭酸ソーダの泡のように溶けていく気がした。そのかわりに体は沸騰するように熱くなり、暑いと誤魔化すことしか出来なくなる。
ふとあたしは思った。そうか、自慢だったのだ。あたしは最初から彼の素敵な存在を、クラスに自慢したかっただけなのだ。泰成の魅力を伝える代償に、人の目に出る。自分に積極性を身に付けるか否かで悩んでいた。あたしは彼の彼女なのだ。少しでも、彼に近付きたい。彼のように活発になりたい。
「それなら、あたしも杉山のこと自慢しようかな」
そう小声で彼に伝えてみた。彼は微笑んで頷いた。あたしは可笑しくなって目の座る彼の背中を擦る。彼は照れ臭そうにあたしの方向へ体を向け、そして言った。
「これから杉山じゃなくて、泰成って呼んでよ。俺彼氏だからさ」
うん。あたしは満面の笑顔で、彼の背中に頬を擦り付けた。彼が存在をする理由は、あたしの匂いを移して、あたしの中の特別な男の子にするため。大きな縫いぐるみを抱いているかのように温かくて大きな背中に、あたしはまた、堪らなくなる。そして、不思議な言葉を喉から奏でられる。それはあたしが彼に諭す義務だったようで、彼があたしに諭される義務だったかのようだった。
「泰成、好き」