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残り菊~小紅(おこう)と碧天~

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 準平の手が乳房を離れた。次は何をされるのかと怯えていた小紅はまた悲鳴を上げた。準平は帯の下の腰紐までをも解き始めたからだ。
「いやっ、いやぁ、止めて、止めて」
 小紅は泣きながら身を捩った。
 だが、彼は容赦はない。止めてと泣いて哀願する小紅の腰紐を解き、お気に入りの梅柄の着物はすべて剥ぎ取られた。肌襦袢姿にされた小紅は泣きじゃくった。
「これ以上はいや。もう、止めて」
 さんざん暴れたため、襦袢の裾は乱れ、大きく捲れている。脹ら脛はもう丸見えだが、小紅はまるきり気づいていない。
 準平の眼がギラリと光った。
「良い子だから、大人しくしているんだぞ」
 宥めるように耳許で囁き、乱れた裾の間すから手を差し込み、太腿をなで回した。
「そんなところを障らないで!」
 小紅は涙を振り散らしながら暴れた。準平は小紅の両脚を自分の身体で割り裂き、体重をかけて動けないようにする。
「大切なところだから、抵抗すると傷つけてしまう」
 訳の判らないことを言いながら、準平が淡い茂みの奥を指で掠めた。まだ一度も誰にも触れられたことがない秘密の入り口にそっと指先を挿し入れる。
「―?」
 小紅は眼を一杯に見開いた。ややあって、華奢な身体がまるで陸(おか)に上がった魚のように烈しく跳ねた。
「いやだ、いや。何をするの、いや」
 男の指は次第に遠慮がなくなっていく。そろりと入ってきた指はすぐに奥まで進み、複雑に入り組んだ襞をゆっくりとかきわけて更なる最奥を目指す。
「いやだぁ」
 小紅は大粒の涙を流しながら、それでも抗った。が、彼の指が内壁の感じやすい場所を探し当て、グッと力をこめて押した刹那、
「あぁんっ」
 自分で耳を塞ぎたくなるような嬌声を上げた。気のせいか、中に入れられた彼の指を下半身がギュッと締め付けているような気がする。
「気持ち良いんだな?」
 彼は小紅の泣き濡れた顔を覗き込み、満足げに微笑んだ。
「もっと気持ち良くさせてやるから」
 やがて指は二本、三本と増やされた。複数の指を挿し入れられ、途中でくの字に曲げて最奥までぐりっと押し込まれると、堪らない痺れがその部分から全身に走り抜けていく。
「あぁ、うぅん」
 小紅は知らない間に準平の指を締め付けながら、淫らな喘ぎ声を上げ続けていた。
「そろそろ挿れても大丈夫かも知れない」
 その言葉そのものはまったく意味不明であったけれど、ほどなく彼自身も着物を脱ぎ捨て、下帯一枚になったのを見た時、何か怖ろしい予感がした。
 その予感はすぐに確かな現実となって小紅の前に迫ってくる。準平は小紅の前で下帯まで取り去ると、その下からは隆々と勃ち上がった男性の徴(しるし)がくっきりと天を突いていた。
 赤黒く不気味に光るそれを見た小紅は、切れ切れの悲鳴を上げた。
「こ、怖い」
 小紅は怯えを滲ませた瞳で後ずさった。
「大丈夫だ、大丈夫だから、小紅」
 準平が近寄ると、小紅は烈しく首を振りながら立ち上がった。涙を滲ませた瞳で縋るように準平を見上げる。
「許して。お願いだから、勘弁して下さい」
 男女の行為を具体的に知らないなりに、これから自分が途轍もなく怖ろしいことをさせられるとだけは判る。
 知らないだけに余計に恐怖感は募る。
「できるだけ痛くしない。だから、良い子だから」
 ?良い子だからね?と小紅に繰り返しながら、準平が迫る。
「最初は少し痛いかもしれないけど、段々良くなるはずだ。俺を信じて任せてくれないか、小紅」
 痛いという言葉そのものが、これからしようとしていることは何か酷く怖ろしいものだと告げているように思える。
 しかし、それが限界であった。既に火の付いていた準平は不安に怯える少女を宥めてやるだけの余裕はなかった。
 準平が飛びかかってくる寸前、小紅は泣き叫んだ。
「いやーっ」
 夢中で漆黒の髪に挿していた簪を抜き、それを男にひと突きした。丁度、押し倒される間際だったので、簪の切っ先は準平の右上腕に刺さった。
「うっ、痛ぅ」
 準平は右肩を押さえ、痛みに苦痛の声を上げる。真冬にひらく寒椿のように鮮やかな緋い血がポトリ、ポトリと畳に落ちた。
「い、いやーっ」
 あまりの惨状に、小紅は叫び、走り出した。
「待て!」
 準平の声は憎しみに満ちていて、このまま捕まれば今度こそ、どのように嬲られて酷い抱き方をされるのかと想像しただけで怖ろしさに気絶しそうになる。
 居室を出た廊下の少し先に、お琴が立っていた。
「お嬢さま―」
「お琴さん、お願い。私をここから逃がして」
 お琴はすべてを知っているようであった。主人の行いを止めることは奉公人にはできない。お琴は哀しげな顔で小紅を見つめた。
「お願い!」
 両手を合わせて頼むと、お琴は意を決したたように頷いた。 
「お行きなさいませ。そして、もう二度と、こに戻ってきてはなりませんよ」
 お琴は庭に面した障子戸を素早く開け、既に漆黒の闇に塗り込められた庭先を指した。
「あちらに向かって走って下さい。庭を囲っている築地塀があるのはご存じですね。寒椿の茂みの後ろに人がひとり通れるだけの穴が空いています。多分、知る者は少ないはず。そこから裏路地に出られますので」
「ありがとう」
 小紅はお琴を見た。お琴も小紅を見た。
「どうぞご無事で。絶対に若旦那さまに捕まってはいけませんよ」
 二人はひと刹那の間、見つめ合い、無言で別れを惜しんだ。
「さあ、早く行って下さい」
 その声に背中を押されるように小紅は駆け出した。
 外に出ると、また雪が降り始めていた。不思議なことに、低く垂れ込めた雲間から一条の光が差している。ふと見上げれば、十六夜の月が蒼褪めてその姿を見せていた。
 白い雪が降りしきっているのに、雲間から姿を見せている十六夜の月。まるで絵物語の世界を見ているかのような幻想的な気分になる。
 だが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。早くここから出なければ、追いかけてくる準平に捕まってしまう。
 小紅は駆け出そうとして、ふと振り向いた。自分の部屋から見渡せるあの場所に、純白の可憐な花が一輪、花ひらいているように見えたのだ。だが、眼をこらしても、見えるのは早くも薄く積もった雪ばかりで、初冬に咲いていた菊はどこにも見当たらない。 
 恐らくは眼の錯覚なのだろうと小紅は想いを振り切るように駆け出す。裸足で踏みしめる雪は冷たく、かじかんでしまいそうだ。少し走ると、寒椿の茂みが見えてきた。ここがお琴の話していた場所に違いない。
 夜目にも鮮やかな緋色の椿が大輪の花をたっぷりと付けてひそやかに息づいている。その色は先刻、彼女自身が傷つけた男の流した血にも似ていた。
 ひらり、と、風もないのに、深紅の花片がひとひら、雪の上に舞い落ちる。それはあたかも、人が流した血が純白の雪を染め上げるよう。
 その禍々しいほどの美しい色は小紅の視界を真っ赤に染め、小紅はくらりと軽い目眩を憶えた。だが、今はまだ、ここで失神することはできない。
 と、遠くから男の声が聞こえた。
「何を愚図愚図している。たかが年端のゆかぬ娘一人の足だ。まだ遠くへは行っていない。捜し出して、すぐに連れてこい」