これも愛あれも哀
私は、近所のコンビニのアルバイト募集の張り紙を見て
高校に通いながら、そこでバイトを始めた。
お兄ちゃんは、春になると、東京の叔父さんの
小さな不動産会社に就職した。
なんでもない毎日が幸せで
クロは相変わらずベッドに横たわり
ベランダから手を伸ばせば届きそうな桜の木は
ひと雨ごとに花びらを散らした。
休みの日には坂道を下り、二人でスーパーに出かけ
神社でアイスを食べた。
夏の終わりに、海に旅行に行った。
「千葉の空ってすごいね」
「本当だ! 星が空を埋め尽くしてるよ」
「こんな真っ暗な夜、初めて見たよ」
「まさに、暗闇だね。真っ暗闇!」
窓を開けっ放しにして私たちは夜に溶けた。
私は舌先でお兄ちゃんの唇をなぞった。
耳の裏から、首筋、乳首、へそ
そこから下へ、お兄ちゃんを感じさせたくて
喜ばせたくて、悪戯っ子のように愛し続けた。
東京へ帰って秋が来て、私の一番好きな
冬の始まりがやってきて、買い物帰りの神社で
お兄ちゃんに言った。
「赤ちゃんできたみたい」
「本当!? 結婚する?」
お兄ちゃんは、なんだかモゴモゴしたような
感じで「結婚」という言葉を続けた。
「…考える…」
「なんで?」
「なんでも」
「普通、ハイって言うんじゃないの?」
「普通、結婚してくださいって、言うんじゃないの?」
私はスタスタ歩き出した。
「危ないよ! 転んだらどうすんの!」
神社の石畳を慌てて追いかけてくる
お兄ちゃんが、なぜか可笑しくて笑った。
「まーてーよ!」