これも愛あれも哀
8月の終わりといっても、
東京の夏はまだまだ続く。
カーテンの隙間から風が流れ込むたび
細く長く強い日差しが眩しくて
何度も目が覚め、その度、壁の掛け時計で時間を確認した。
お兄ちゃんと、その友達はベッドの下で腹を出して
窮屈そうにまだ寝ているようだった。
私が寝返りを打つとベットの軋む音でお兄ちゃんが
目を覚まし、優しい声で囁いた。
「眠れた?」
「うん…」
私は早くお兄ちゃんと二人きりになって、昨夜のことを
告げ口したかった。
「シャワー浴びて、朝飯食いに行こうか?」
「うん…」
「先に浴びていいよ」
私はシャワーの温度を上げると、舐められた
瞼や、まつげや、ほっぺや、首筋を石鹸をつけてゴシゴシ洗った。
家出少女にこのくらいの罰はつきものだと、自業自得と
思い込ませて強がった。
犯されなかっただけ運がいい。
汗ばんで汚れたシャツと下着をまた身につけて
部屋に戻ると、二人は缶コーヒーを飲みながら
煙草を吸ってまだ眠そうにしていた。
「飯食ったら今日は家に帰んなよ」
「うん…」
「何かあったら、ほら、これ電話番号」
小さくちぎったメモ用紙に雑な字で
電話番号が書かれていた。
私はそのメモを大切に4つ折りにして
財布にしまった。
「猫は…」
「クロ? クロはオレが飼うから大丈夫だよ」
「クロって名前にしたんだ…ミルク、あげていい?」
私はクロにミルクをあげながら
また絶対にここに来る気がしていた。
幸せなのか不幸なのかはわからないけど
確実にそこに自分の未来を見た。
3人で牛丼を食べ、店を出るとお兄ちゃんがタクシーを拾った。
「どこまで送ろうか?」
「じゃ、高円寺の駅まで」
私は窓側に座ると、お兄ちゃんの
大きな手にそーっと自分の指を絡ませた。
お兄ちゃんの友達は、ずっと面白くない冗談を言い続け
お兄ちゃんは突っ込む。
昨夜は酔っていたせいで、彼女と私を間違えたのだろうか…
そんな気もしてきた。
「またクロに会いに行っていい?」
駅のローターリーで降り、窓越しに
別れを惜しむ恋人のように言った。
恋の始まりは、いつも突然で
回り始めた時は、加速し続け
もう止まることを知らない。
終わりが来ることだって、予想すらできないんだ。
バスに乗る前に家に電話をすると
「もう帰ってくるなっ!」そう言って
母に電話を切られた。
これはチャンスなのか?
そう言うんなら、帰るのはしばらく延ばそう。
家出の理由はすっかり忘れ、私はお兄ちゃんに
タクシーで送ってもらった道のりを
トボトボと引き返した。
アスファルトの照り返しが強く
肌をジリジリと焦がす。
私の夏は長くなる…何故か
そんな予感がした。