これも愛あれも哀
瞼を閉じても瞳に感じるぼんやりとした赤い光。
声が出ない、何も聞こえては来ない。
私は今、どこにいるのだろうか。
「ねえ、私、これ習いたいんだよね、護身術」
「ああ、いいねえ。自分の身を守るには更にナイフも持ち歩きなよ」
「だから、女がナイフなんて持ってたって取り上げられて刺されるがオチだよ」
「馬鹿だなあ、本当に世間知らずなんだから」
「馬鹿はそっちでしょ、会社で100人の女性に聞いてみなよっ」
「あー、聞いてやるよ」
「あ、やっぱりボクシングもいいな」
「ふうーん、それで?」
「それで、あなたをぶん殴りたい」
TV画面に釘付けになってる私を横目に
彼は鼻で笑いながらバスルームに消えた。
笑ってる場合じゃないよ、本気だよ、私は。
高校生の時に知り合った彼とは
もう何年も一緒に暮らしている。
まだ若かった頃、ストリートファイターとかなんとかいう
ファミコンのゲームの中で、彼の事をコテンパンに
やっつけた時の気持ちよさは今だに忘れられない。
あまりにコテンパンにやられた彼は、二度とそのゲームを
一緒にしてくれなくなった。
甲州街道に面しているこの部屋は
元は彼の部屋で、私が捨て猫と共に迷い込んだ。
赤いカーテンや、赤いソファは彼の趣味なのか、
元カノの趣味なのかとにかく趣味が悪いが
そのまま何年も使い続けソファは角のファブリックが破けて
黄色いスポンジが飛び出したかなりの年季ものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、キミ、こんな時間に一人でいたら危ないよ」
出逢った時の彼は、体育会系のイケイケ風で真っ黒に日焼けしていた。
大学生だというから、私とそんなに歳は変わらないくせに
大人ぶって私を心配し、ミスタードーナツでオレンジ100%ジュースと
フレンチクルーラーをご馳走してくれた。
家出をしてきた私は行く当てもなく、高円寺の阿波踊りを見たあと
一人で駅前をふらついていた。
「今夜、行くとこ無いんでしょ?」
「……」
「お兄さんち、来る?」
私は優しいその男を疑うことなく、ついていくことにした。
生まれたばかりであろう、手のひらにのる大きさの
黒猫はその道の途中で拾った。
「お兄ちゃん、連れて行ってもいい?」
「おいていけないよね、いいよ」
子猫を両手で軽く包むようにして
タクシーでマンションのそばまで行き
コンビニで牛乳を買ってお兄ちゃんの部屋で飲ませた。
小さなプラスチックでできたグレーのカゴに
タオルをひくと、目やにだらけの黒猫はすぐにウトウトしだした。
「オレ、下に寝るから、ベッド使っていいよ」
「いいの?」
「どうぞ、どうぞ」
「ありがとう…」
しばらくすると彼の友人が、終電に乗り遅れたから
泊めてくれとやってきた。
私は寝たふりをしていたので、お兄ちゃんは小さい声で
友人に「お前も、下で寝ろ!」と囁いていた。
夜中に、お兄ちゃんの友人がベッドに上がって
私の顔や首筋を舐め始めた。
気持ち悪い……。
私は、お兄ちゃんに悪くて、助けを呼ぶことができなかった。
声が出ない、何も聞こえては来ない。
私は今、どこにいるのだろうか。
「ねえ、私、これ習いたいんだよね、護身術」
「ああ、いいねえ。自分の身を守るには更にナイフも持ち歩きなよ」
「だから、女がナイフなんて持ってたって取り上げられて刺されるがオチだよ」
「馬鹿だなあ、本当に世間知らずなんだから」
「馬鹿はそっちでしょ、会社で100人の女性に聞いてみなよっ」
「あー、聞いてやるよ」
「あ、やっぱりボクシングもいいな」
「ふうーん、それで?」
「それで、あなたをぶん殴りたい」
TV画面に釘付けになってる私を横目に
彼は鼻で笑いながらバスルームに消えた。
笑ってる場合じゃないよ、本気だよ、私は。
高校生の時に知り合った彼とは
もう何年も一緒に暮らしている。
まだ若かった頃、ストリートファイターとかなんとかいう
ファミコンのゲームの中で、彼の事をコテンパンに
やっつけた時の気持ちよさは今だに忘れられない。
あまりにコテンパンにやられた彼は、二度とそのゲームを
一緒にしてくれなくなった。
甲州街道に面しているこの部屋は
元は彼の部屋で、私が捨て猫と共に迷い込んだ。
赤いカーテンや、赤いソファは彼の趣味なのか、
元カノの趣味なのかとにかく趣味が悪いが
そのまま何年も使い続けソファは角のファブリックが破けて
黄色いスポンジが飛び出したかなりの年季ものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、キミ、こんな時間に一人でいたら危ないよ」
出逢った時の彼は、体育会系のイケイケ風で真っ黒に日焼けしていた。
大学生だというから、私とそんなに歳は変わらないくせに
大人ぶって私を心配し、ミスタードーナツでオレンジ100%ジュースと
フレンチクルーラーをご馳走してくれた。
家出をしてきた私は行く当てもなく、高円寺の阿波踊りを見たあと
一人で駅前をふらついていた。
「今夜、行くとこ無いんでしょ?」
「……」
「お兄さんち、来る?」
私は優しいその男を疑うことなく、ついていくことにした。
生まれたばかりであろう、手のひらにのる大きさの
黒猫はその道の途中で拾った。
「お兄ちゃん、連れて行ってもいい?」
「おいていけないよね、いいよ」
子猫を両手で軽く包むようにして
タクシーでマンションのそばまで行き
コンビニで牛乳を買ってお兄ちゃんの部屋で飲ませた。
小さなプラスチックでできたグレーのカゴに
タオルをひくと、目やにだらけの黒猫はすぐにウトウトしだした。
「オレ、下に寝るから、ベッド使っていいよ」
「いいの?」
「どうぞ、どうぞ」
「ありがとう…」
しばらくすると彼の友人が、終電に乗り遅れたから
泊めてくれとやってきた。
私は寝たふりをしていたので、お兄ちゃんは小さい声で
友人に「お前も、下で寝ろ!」と囁いていた。
夜中に、お兄ちゃんの友人がベッドに上がって
私の顔や首筋を舐め始めた。
気持ち悪い……。
私は、お兄ちゃんに悪くて、助けを呼ぶことができなかった。