これも愛あれも哀
それから何年か経った秋の昼下がり
全開にした窓から、秋風と共にお囃子が心地よく流れてきた。
「お兄ちゃん、今夜、お祭りいかない?」
「たまにはいいねえ」
私は露天で買い物するのに便利なように
家の中の小銭をかき集め、使ってないがま口に入れ、
千円札を数枚ジーパンのポッケにむき出しのまま入れた。
「今夜は、お好み焼きでも食べて夕飯済まそうよ」
「あ、オレ、イカ焼きも食べたいな」
「あ、私、あんずの入った水飴食べる」
夏祭りの神社へ向かう坂道には提灯が連なって
仄かな明かりが、子供の頃を思い起こさせた。
祭りといえば、家族サービスの場だ。
子連れの家族の楽しそうな顔に
私は早くも嫉妬してた。
赤や黄色の屋台のテントの下で
煌々と放たれる眩しいほどの電球の明かりも
熱を帯び、熱々の鉄板の上で焼かれる
キャベツから、真っ白な湯気が上がり
ソースの香ばしい香りが食欲をそそる。
何年もこの街に住んでいたのに
お兄にちゃんと秋祭りに出かけたのは
初めてだった。
両脇の露天をキョロキョロ見ながら
奥の境内の方へ進む途中で、お兄ちゃんが
何気なく言った。
「やっぱり子供は欲しいよね…」
独り言だったと
思う…。
嫌味でいうわけはない。
私は悲しくて、口の中に溜まった唾を
ゴクリと飲み込んだ。
秋の風は
どこか冷たく
首筋をスッとすり抜ける。
素足にビーチサンダルで
祭りに来てはいけない。
人ごみで足を踏まれても、こんな場所では泣けないから。
その年の冬
クロが姿を消した。
お兄ちゃんは雨が降った日、3回帰ってこない日があった。
私は、もうたいして愛されていないと
わかっていながら、お兄ちゃんの傍を離れられず
お兄ちゃんが誰と会っていようと
責めたりすることもなくなっていた。
なんでもない日が続いていた。
なんにもない日が繰り返されていた。
そんな日常だった。