あの日のキミにごめんね
冬休みまでの日々、克弥は、万里子の教室の前を目立たないように通り過ぎた。
もちろん、万里子が居るかどうかも、見ることをしないまま過ごした。
克弥は、何度か母親に話そうとしたが、その勇気はいつも湧いてこなかった。
明日から冬休みが始まる。終業式の後の下校の時だった。
「克弥君」
その声は、万里子だとすぐにわかった。
「かっちゃん、待って」
克弥にとっては、懐かしい呼ばれ方だった。克弥は足を止め、振り返って言った。
「なに? 万里ちゃん」
「あのね。わたし転校するの」
克弥は、その言葉に万里子の顔を見た。もう大きな絆創膏はなかったが、万里子の顔は少し寂しそうな笑顔だった。伸びた髪に隠れるように肌と同色の絆創膏が僅かに見えた。
「転校?」
「うん、お父さんがまた転勤なの。かっちゃんと もう会えないね」
「別に いいんじゃない」
克弥は、万里子が自分の事を意識していたことが嬉しかったが、逆に辛くもあった。
「ねえ、万里ちゃん……顔さあ…」
「大丈夫。かっちゃんのこと誰にも言ってないから。ずっと秘密ね」
「だって」
「痛かったけど、かっちゃんとの思い出だもん。ずっと忘れない。元気でね」
万里子は、少し潤んだ目を隠すように走って行ってしまった。
また、万里子に何も言えなかったと克弥は、地面を蹴り飛ばした。
三学期が始まって、もう隣の教室に万里子の姿を見ることはなかった。
本当に引っ越してしまったということだけが、日を追って克弥の心に寂しさを残していった。
作品名:あの日のキミにごめんね 作家名:甜茶