みずいろ
学さんとの、他愛ないけれどとても楽しいメールのやり取りをはじめて数日。
あれから、学さんだけでなく、他にも何人かのひとからメールは来ていた。
だが、正直にいえば学さん以外の全員が何だか不真面目ではっきりしない印象を感じる人たちであった。
「よろしく」の一言が来たかと思えば、大して会話もしないうちに好きだの付き合ってくれだのしつこく言ってくる人が二人もおり、気持ち悪い事この上ないが、受信拒否をするのが好きでないわたしは、ズルズルとやり取りを続けてしまった。
最終的に、片方はブランク含め完全に切るのに半年以上かかったし、もう片方なんて途中で遣いを送ってきたせいで一年半もかかった。本当にいい迷惑である。
あの事は思い出したくもないが、恐らくそのうち嫌でも書くことになるだろう。
また、写メ交換を求める者もおり、当時一番写りが良いと思っていた自撮り写メを送ったところ、後から徐々に実はエロ目的であったことをばらし、嫌悪感はあったもののグッとこらえて性知識について疑問を訪ねてみたりしたら、段々エロ写メを見せろだのと要求してきて、耐えきれずにぶちギレまくりな文面のメールを送ってしまい、それ以降はメールが来ることはなかった、ということもあった。
そんなわけで、この先は基本的に学さんと、先にあげたしつこい二人と同時にメールのやり取りをしている前提で話をすることになる。
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2011年6月10日。
最悪な事件が起こったのがこの日である。
その正体は些細なものであるが、このときの恨みは今でも結構根強い。
「携帯、取り上げね!」
当時の私は、平日に学校へいく日には基本的に携帯を持っていかなかった。
学校で禁止されているのもあったし、授業中に携帯を鳴らして取り上げられるメンバーは大抵クラスでも浮いている不良たちであったからだ。
だが、親にメル友のことをばれてしまってはまずい、と判断したわたしは数日前から学校に電源を切った携帯を持っていくようにしていた。
そんなある日。
事件は起きた。
その日、携帯を持っていて本当によかったな、と今でも思う。
朝、鍵を家に置いたまま学校にいってしまったのだ。
両親は仕事。
妹は、6日の月曜から体調を崩して入院しており、家には誰もいない。
今、読み進めている人からしたら、なんだ大した事件でもないだろう、と思われそうである。
しかし、私からしたらそれはもう大事件である。
これまでもわたしは、家に鍵を忘れて家を出て、帰ってきて家に入れず親に怒られ死にたくなりながら大泣きして、散々な思いを何度経験したことか知れない。
そんな恐怖をわかりきっていて、まただ。
実は今でも、このようなことを時々やらかす。昔に比べれば減ったほうだが。
そうして、悩み続けたあげく、私は市内に住んでいる祖父母に電話した。
泣き腫らして鼻水が鼻に溜まり、某国民的アニメキャラクターの一世代前の声ような濁った声を出しているのが自分でもわかる。
わけを話すと、祖母は
「バカモノ!」
と言いつつも優しく対応してくれ、まもなく20分後にマンションへ車が停まり、鍵を開けに来てくれた。
この祖母の優しさには本当に感謝しており、これを綴っている現在はこの世にはいないけれど、私がこれまで数々のピンチを乗り越えられたのはこの人のお陰である。
家に着くと、慌てて鍵を探し、机の上に起きっぱなしだったのを発見してほっと息をついた。
安心したのも束の間、今度は家の電話が慌ただしく家中に鳴り響き、おずおずと受話器を取ると、
「はい一ノ瀬で…
「何やってんのよこの野郎!!!この馬鹿が、ばあちゃんに迷惑でしょ、この間も同じことしたのにまたなの!?帰ったら携帯取り上げね!明日解約するから!!キーーーー!!!!!!」
ものすごい罵声と叫びがキンキン聞こえる。
耳がおかしくなりそうである、いや、既におかしいのであろう。
わたしは、この五月蝿い母親が幼稚園のときから大嫌いである。
表面上はうまく取り繕ってはいるが、今思えばこの頃から精神的にはもうかなり限界が来ていたのだろう。
高校に入ってから、周りの人に数々の忠告を受けたりうつ病を心配されてスクールカウンセラーのもとを訪ねることになるとは、当時のわたしは知る由もない。
一気に捲し立てる母親についていけず、「やだ」と「ごめんなさい」をひたすら繰り返す会話がやっと終わると、祖母が心配そうに苦笑いしてこちらを見ていた。
「なに、うるさいね。またキャン子がなんか言ったか」
キャン子とは、母親が怒って怒鳴ったりするとぎゃんぎゃんうるさいことから祖母が勝手に付けた陰(?)のあだ名である。
「うぅ…どうしようばーちゃん、携帯解約だって」
駄目元で涙ながらに訴えてみる。
祖母はそれでも気丈に、
「大丈夫。今は部活やら塾やら、笑(えみ)ちゃんも入院してるし、携帯取り上げて連絡とれなくなったら困るだろうから、たぶん解約なんかしないさ」
と私を励ましてくれ、
「そうかな…?」
「うん。大丈夫だからなっちゃんも今日はゆっくり寝て、また鍵忘れないように気を付けな」
「ん…ありがとう、ばーちゃん今日は本当にごめんね迷惑かけて」
「ん、じゃあじーさん下に待たせてるから行くよ、閉じまりちゃんとするんだよ!」
「ありがとう、おやすみ」
「おやすみねー」
といった会話をして、祖母は帰っていった。