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幸福の指輪

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霊下の世界


自分の肩書は警部なのだと、ひょうひょうとした口調で言ってのけた男の人は、自らの名をダニエル=フォックスと名乗った。
あまりにも軽々しく言い放つものだから、最初は半信半疑だったのだけれど、どうやらあの言葉は本当の事らしい。
証拠となる手帳を見せてくれた彼に、どうして警察の人がそんな事を言うのだと問うてみたら、彼はけらけらと笑いながら、こう返して来た。
「一つ一つの行動に意味なんてないさ。人間なんて、結局は直感を頼りにして生きてる気まぐれな生き物なんだから、その行動一つ一つに意味なんか求めてたらキリがない。つまりさ、そうゆうこと」
今いち、つかみどころのない人だった。ケラケラと笑うその姿を見る度に、この人は今までも気まぐれに生きて来たのだろうなぁと思う。もしかすると、いわゆる風来坊なのかもしれない。
そんな彼に連れられて、ぼくは街の中心部へとやってきた。
滅多に訪れることのない、その発展的な街並みに見とれていると、前方を歩いている彼が「ぼさっとするんじゃない」と前進を促す。
そうしてたどり着いた警察署は、とても大きくて、それ自体がまるで、一つの怪物の様にも思われた。
ぼくはゴクリと固唾を呑む。この先に、あの女の死体が安置されている……。
自分の望んだ事とはいえ、再び死者と対面するというのは、何とも重苦しい気持ちになる。それは、ただ単に死体に会うからではなく、警察署という“正義”を象徴する雰囲気の建物が、ぼくの罪意識を締め付けているからなのかもしれない。
「入るよ」
と警部に促されて、エントランスへと続く階段を昇っていくと、署のシンボルが施された扉がぼくらを迎えた。
扉を抜けて先に進むと、そこはエントランス。天窓から光の差し込む、随分と開放的な作りの場所だった。
 受付で座る婦警の所へ警部が向かって、彼女に二言三言、何事かと囁きかける。
それを見ながら、ぼくは何とも落ち着かない気持ちだった。
警察署に来た事……これは本当に、正しい事だったのだろうか。
女の死体を見て、それから……指輪を盗んだのがぼくなのだと分かったら、どうなるのだろう。
今さらながらに、そんな怖気がこみ上げて来る。
だけど、大丈夫……大丈夫だ。バレるわけがないじゃないか……きっと誰にも見られていないのだもの。
あの時、ぼくは確かに周囲を確認した。誰の視線も向いていないことを確認して、盗ったのだ。
だから……大丈夫。バレるはずなんてない。
用事を終えた警部が、受付に踵を返し、こちらに戻って来る。
にこにこと笑いながらこちらにやってくる警部の姿が、今のぼくには不気味に映った。
ダニエル=フォックス……つかみどころのない男。彼の行動理由は、本当にただの気まぐれなのだろうか……?
「それじゃあ、ついて来てくれ」
警部がぼくを伴って、廊下を歩き出す。
霊安室へと続く廊下は薄暗く、不気味に電気が明滅していた。
それは、まるで未だ眠りに付けぬ死者が、ぼくを手招いている様で、暗い不安感が募って行く。
脳裏に水浸しの彼女の姿が映る。
“指輪を返してもらえる機会を、ただ待ち続けるだけでございます”
決して指輪は返してやるもんか……。
近づいて来た霊安室への扉を、ぼくは強い決意をもって見据える。
お前は、もう死んでるんだ。動けないんだ。今この瞬間……しかとそれを見届けてやる。
「開けるよ?」
警部が相も変わらずにやけながら、ぼくに確認を取ってくる。
水浸しのあの女が、ぼくの事を試している様に思えて、ぼくは力強くうなづいた。
「うむ」
一つ頷くと、警部は鍵穴に鍵を通し、霊安室への扉を開いた。
途端、ひやりとした空気が、ぼくの顔を撫ぜる。
それは、多分気のせいではないのだと思う。だって、明らかに空気の質が違った。
扉を開けたその先は、まったくの別世界。例えでもなんてもなくて、本当にこの先は……。
「死者の世界へようこそ―」
言いながら、警部がパチンと音を立てて明かりをつける。
眩い光が目を差して、反射的に目を閉じる。
次に目を開いた時、壁際にはたくさんの引き扉が出現していた。
壁際にずらりとならんだ、銀色の引き扉……死者たちの安置スペース。
「なんてね」
ククっと笑ってから、警部が重むろに引き扉を一つ、手前に開く。
その途端、開かれた扉の中からスゥッと冷気が漂って来て、ぼくの顔を撫ぜた。
死体の安置スペースは、どうやら冷蔵庫の様な構造になっているらしかった。この部屋に漂う冷気も、もしかするとこれが要因なのかもしれない。
「エンバーミングと言ってね」
死体の乗せられた台を引き出しながら、警部が説明する。
「死体を保存するための技術だよ」
遺体ではなく、死体と言う部分に、何処か悪意じみた物を感じた。
「彼女は、高貴な貴族だからね。死したあのも、その姿は美しくあり続けさせねばならない」
どこか面白がっている様な口調で、警部は台の上を見下ろす。
台の上には死体が乗せられている様だったが、仏への配慮なのか、上から白い布をかけられていて、未だその姿は見えなかった。
「それじゃあ、ご対面と行くかい?」
警部が気味の悪い笑みを浮かべながら、ぼくに問う。
「はい」
ぼくは力強くうなづいた。
警部が、少しずつ布を取り去って行く。
その下から現れたのは、幾分か前に見た顔だった。しかし、今回の彼女の顔は綺麗に整えられていて、今まで見たどれよりも美人である。いや……もしかすると、これが彼女本来の顔なのかもしれない。
「やっぱし美人だよなぁ」
死体の顔を見ながら、しみじみと警部はつぶやく。
「さっすが、貴族の所に嫁いでいくだけはあるぜ……なぁ、少年?」
警部が、いやらしい笑みを浮かべながらぼくに問うてきた。
「ええ……はぁ。まぁ」
たしかに、彼女はとても美人だと思う。それは本当の事だ。だけれど、それを素直に肯定したくはなかった。
ヒヒヒッと笑いながら、警部が再び布に手をかける。
うん……今思えば、この時気付くべきだったのだ。死体から布を取り去ってしまえば、その下は何も纏わぬ素っ裸だという事に。気が動転していたからなのか、そんな当たり前の事にも気付けなかった。
警部が、綺麗さっぱり布を取り去ってから、ぼくはそれに気付く事になる。
布が取り去られた瞬間、微かに腰のあたりのラインが見えて、ぼくは慌てて目を背けた。
それを見て、警部は「若いねぇ」と嗤ってみせる。
「目を背けたって仕方ないだろうが。お前さんはこいつを身に来たんだろうがよぅ?」
諭す様に言われて、ぼくは恐る恐ると言った感じで目を開いた。
台の上には、相変わらず裸の彼女が乗っている。だから、なるべく意識しない様にした。ただの死体だと思って……淡々と観察する様に努める。
作品名:幸福の指輪 作家名:逢坂愛発