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幸福の指輪

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 分からず屋の子供に、大人が何かを説いてみせる時の様な、撫ぜ声。
その口調が、どこか気味悪く思え、そして同時に唐突な物でもあったから、ぼくは反射的に腰を浮かし、よろけながら声の人物と対面する。
長身の男の人だった。黒いスーツに身を包み、その目はそっと笑いかける様に細められ、口元もまた同じように緩んでいる。もしかすると、元から目元が細い人なのかもしれないなと、ちらりと思った。
「おいおい、そんなに身構えなくても良いよ」
自分の行動が、ぼくを驚かせてしまったのだと思ったのか、男の人は安心させる様に手を持ち上げて振るい、否定の仕草をしながら、自嘲する様な笑みを浮かべた。
「ただ、遠目に見ていて、君が必死に何かを探している風に見えた物だからさ」
男の人がそう説明して、ぼくは「あぁ……」と納得する。
あの一連の様子を見られていたのだと思うと、恥ずかしいと思う反面、もしかするとこの人が何か手がかりを知っているのじゃないかという、淡い期待も湧いて来る。
だけど、そうは言っても質問をそのままストレートに口にすることは出来なかった。
「浜辺に打ち上げられた死体を見ませんでしたか?」
などと突然言われたら、相手はきっと驚くだろうし、それにどうしてぼくがそんなことを訊くのだろうと訝しむに違いない。
そういった事態は、出来れば避けたい所だった。
しかし、そうは言っても、男の人に問われた以上は、ぼくも答えなければなるまい。
「実はぼく……死体を探していたんです」
男の人から視線を外して、打ち寄せる波を見つめながら、ぼくは、そう口にした。
出来るだけ、澄ました態度を装ってみる。あくまで、探っていたのは興味本位で、そんなに深い意味があったわけじゃないのだと、そう自分に言い聞かせる。
他人を騙すためには、まずは自分自身にそれが本当の事なのだと信じ込ませる必要があった。
ぼくが口にした途端、案の定男の人は、驚いた様に、目を見開いた。
しかし、それは一瞬の事で、彼は元来、さして物事に動じない性格なのか、それはすぐにニヤリとした笑みにとって代わられた。
「ほぅ……死体ね」
そう、ゆっくりと噛みしめる様に口にして、男は問うた。
「それまた、何で?」
波を見つめ、その音を聞きながら、ぼくは自分の中で組み立てた答えと、それに基づいたシナリオを反芻する。
こう聞かれる事は、予想出来た事だった。唐突にあの様な事を言われたら、誰だって口にするだろう。
出来るだけ、無難な答えを考える必要があった。無難で、それでいてあり得そうな、そんな風な答え……。
ぼく位の年頃というのは、時に不思議な事を考えたりするものだ。
生きる事だとか、死ぬ事だとか……そういった事に神秘的な何かを感じて、たまらなく興味を惹かれる事がある。
近所に住む少年たちが、いつの日か、死体を見つけたと騒ぎ立て、それを皆で身に行っていた事を思い出した。
大した理由があるわけじゃない。ただ……死体に興味があったから。それは決して、おかしな事じゃない。純粋な好奇心だ。
「特に……理由なんてありませんよ」
静かな口調で、ぼくは言った。
これだけだと、流石に説明の体を成していないから、続けて付け足す。
「近所に住んでる友達が、浜辺で女の人の死体を見たと言ったんです」
ぼくは、視線を上に向けて、何かを思い出しているという感じの表情を浮かべてみせる。
「それで、浜辺を捜索していたんですが……一向に見つからなくて」
呆れた様にため息をついて見せると、男の人は面白そうに笑った。
「フフン。なるほどね。まぁ、君みたいな年頃だと死体に魅せられたりもするだろう」
そこまで口にすると、男の人は指を一本突き出して、チッチッチと振ってみせる。
 「しかし、残念だったね。君の探し求めていた水死体というのは、つい昨日警察署に運び込まれてしまったのさ」
「ああ、そうですか」
やはり……そうだったのかと納得する。
死体が自分で動いたりするはずがないのだ。誰かが移動させない限り、その場を動くことは叶わない。死体を動かす誰かというのは、よっぽどの変わり者を除けば、警察以外にあり得ないのである。
そう……警察に回収されたのだから、死体が出歩くわけがないのだ。
しかしそうすると……一体あの夜の出来事は何だったのかという話になってくる。
意識せずとも、背筋を冷たい何かがゾワゾワと這い上がってくるのを感じた。
あれは全てぼくの見た夢……そう仮定したとしても、どうしても説明のつかない事がある。
まだまだ、納得することは出来なかった。
「もしも、君さえよければ死体を見に行くかい?」
男の人が親指を背後に向けて突き立てながら、唐突に口にする。
突然の事に、ぼくはこの人が何を言っているのか分からなかった。
死体を……見に行かないかだって?
この人は何を言っているのだろう……そうも思ったけれど、正直な所、それはぼくにとって願ってもみない申し出だった。
もしも死体を直接目にしたのなら、何かが分かるかもしれない。あるいは、何か納得させる事が出来るかも。
しかし、そうは言ったって、警察署に運び込まれた死体を、そう簡単に見に行く事が出来るのだろうか。
当然の疑問を口にすると、男の人はニヤリと笑った。
「お安い御用よ。こう見えても俺、実は警部だからね」
作品名:幸福の指輪 作家名:逢坂愛発