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幸福の指輪

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仕事帰りの帰り道。今宵の月は蒼い。
頭の中で反芻し、今までの出来事を整理しようと思った。だけれど、胸の内に取り込まれたピースは、何もかもがあべこべで……。
実際に死体を目の前にすれば、何かが変わると思った。
だけど……そんな事はなくて、逆にモヤモヤとした不安だけが募っていく。
頭の中がゴチャゴチャだった。
「なんなんだよ……ちくしょう」
頭が痛い。
ぼくは頭を押さえつつ、歩みを止めた。
結局……結局何だったと言うのだろう。
家の中に現れたあの女も、あのひょうひょうとした警部の男も……。一体全体なんだって言うんだ。
心に立ち込める霧を払おうと、足を進める内に、ますますに迷いは深まっていく。どんどん……どんどん……深く。
泣き出してしまいたかった。
胸の内の感情を全て吐露して、泣き叫び……出来るのなら、そのまま消えてしまいたかった。
こんな風に苦しくなるのなら、最初から指輪なんて盗らなければ良かった。
今さらの様に、後悔の念が湧いて来る。
彼女に対する罪悪感で心が押しつぶされそうだった。意識しまいとしていた事柄で、頭の中が埋め尽くされていく。
漂流した水死体、婚約指輪……彼女の幸福。
一体、彼女に身に何が起こったのか、ぼくには分かりようもなかった。だけどきっと……それまでの彼女は幸せだったに違いない。
貴族の男に見初められ、自分も彼を愛し、幸せな家庭を築いていた……。そう考えると、彼女の突然の死というのは、あまりにも残酷な神様の悪戯の様に思えてくる。
これから、ぼくが母さんを失ったとして……ぼくと、彼女の夫は果たしてどっちが不幸なのだろうか。
思い悩むと、思考はどんどん暗い方向へと落ち込んで行く。いけない事だった。
いや……そもそも、正しい事なんてあるのだろうか。
こんな嘘つきだらけのあべこべ世界で、果たしてぼくは何をするのが正しかったのだろう……。
もしもあの時、ぼくが指輪なんて盗らなかったら……いや、そもそも紙飛行機の存在に気付かなければ……何かが変わっていたのだろうか。
もう、二度とやり直せないあの場面が、何度も頭の中でリフレインする。
もしも、あの時に戻って、過去の自分を説得出来るのだとしたら、ぼくは彼を止めるべきなのだろうか……?
分からない……。そうするのが正しい事なのかも、まったくもって分からなかった。
真っ暗な思考の海を漂う内に、気が付けば家の輪郭がすぐそこにまで迫っていた。
愛しい我が家……心安らげる場所。
仕事帰りの時には、いつだってこの瞬間が待ち遠しかった。どんなに疲れていたって、近づいてくる我が家を見れば、途端に心が和らぐ。心を覆っていた暗い雲が、綺麗に晴れていく様な感じだった。だけれど……今日は違う。もうすぐ、玄関口へと至ると言うのに……心の中の暗雲は、一向に晴れてくれる気配を見せなかった。
……頭が痛い。今日は、そのままソファに倒れ込んで眠ってしまおうか。
ぼんやりとした気分を引きずり、玄関扉をくぐる。
「ただいま」
声をかけても、返事はなかった。……母さんは眠っているのだろうか。
薄暗い廊下を移動してリビングへと向かう。
足音を響かせて、廊下を歩きながら、ぼくは何とも言えぬ胸騒ぎを感じた。
何だろうこの感じ……変な物音がしたとか、変な臭いがしたとか、そういった事じゃない……。むしろ、静かすぎるのが不気味だった。
「母さん……?」
廊下の奥に呼びかけてみる。
その声は、まるで廊下の奥のモンスターに吸い込まれる様に、不気味な余韻を残して、消えて行った。
やはり、何かが変だ……。
おそるおそるといった気持ちで、リビングへの扉を開き、指で弾く様にして、明かりをつける。
闇の中から照らし出されて、全景を晒すリビング。
注意深く視線を走らせると、本当に、ほんの少しだけ……テーブルの上に置かれたペンの位置が変わっていた。
それは、僅かの差異だったけれど、違和感を蓄積させるには充分だった。
やっぱりだ……何かがおかしい。
「母さん?」
ぼくは、母さんの寝室へ向けて、もう一度呼びかけてみた。今度は、良く聞こえる様にハッキリと。
しかしやはり、返事はない。不気味なくらいに静まり返っていた。
ぼくは息を整えてから、引き出しの方へと手を伸ばす。……ああ、どうやら、母さんは元の場所へと戻しておいてくれたようだ。朝方握りしめていた、キッチンナイフがたしかに、そこに収められていた。
手を伸ばしてそれを取り、息を殺して扉を睨む。
母さん……どうか無事でいてくれよ。
嫌な胸騒ぎがした。
あの女が……報復をしに来たのだろうか。
今まで歩いてきた途中に、水滴の跡は確認出来なかった……でも、安心は出来ない。
ぼくはもう一度深呼吸をして、息を整えると、覚悟を決めて扉を開く。
扉の先の光景を見て、ぼくは目を見開いた。
そこにいたのは、霊体の幽霊ではなくて……。
「やぁ、おかえり坊や」
神経を逆なでする、気味の悪い声。にやけた笑みの絶えないその顔。
「どうして……どうしてお前がここにいるんだ……」
今日、浜辺で会ったばかりの胡散臭い警部の姿がそこにあった。
手には拳銃が握られていて、その銃口は母さんの頭に突き付けられている。
警部が母さんの口を手でふさいでいるので、声を返せなかったのは、これが原因かもしれない。……この男は母さんを脅した。
「お前……お前、母さんに何をした……」
体中が震える。怒りと、驚愕と……それから恐怖で。
切っ先を向けたナイフを持つ手も、小刻みに振動している。
「べーつに何もしてはいないさ」
そう言いながら、警部は母さんの口元から、その手をどかす。
「ショウ!」
途端、母さんが叫んだ。
「母さん!大丈夫なの!?」
ぼくが叫ぶ様にして問うと、母さんは曖昧な素振りを見せる。
「家に、訪ねて来る人がいたものだから……扉を開いたの。そしたら、この人が押し入って来て……」
お人よしな母さんが、不用心にも微笑みながら扉を開く場面がありありと想像出来た。母さんは……人を疑う事を知らない。その隙に付け入られてしまった……。
「この人……あんたを」
そう、母さんは続けようとしたが、警部が銃口を突きつけて、それを遮った。
「あー、経緯の説明ご苦労。でも、それ以上は言わなくて良いぜ。後は、俺が説明する」
にやけた笑みでそう言い、警部はこちらへと顔を向けた。
「さぁてと坊や……。単刀直入に行こうぜ。お前さんなら、どうして俺が訪ねてきた来たのか、分かるだろうよ」
もともと細い目をさらに細めて、警部がぼくの顔を見据えた。
さも、当然という風な口調で彼は言うものの、ぼくは今いち彼の意図を測りかねている。
いきなり人の家に上り込み、病床の母に銃を突きつける様な男の考えが、理解出来るわけがなかった。
「あんたが何を言いたいのか……さっぱり分からない。どうでも良いから、母さんを離せよ!」
作品名:幸福の指輪 作家名:逢坂愛発