誰か彼を探して
J.Jに恋愛感情など少しもなかったはずだ。
だけどそれはきっと
誰かに取られる心配がなかったからなんじゃないかと
今になればそんな気もした。
私たちには、何の約束もいらなかったんだ。
でも、それは私ひとりの思い込みだった。
彼は私に何の相談もしてくれてなかったのだ。
私は彼の何だったんだろう、何の役にも立ってないじゃない。
J.Jの傍で笑顔でいたのは、ただの自己満足じゃない。
私は土曜日を丸一日使って自分を責めた。
ファミレスの副店長の森下さんから何度も電話があったが
誰とも話す気力も無く、森下さんの着信履歴は1ページになった。
「はい」
「花ちゃん、大丈夫? 昨日の夜、何かあったんでしょ?」
「ごめんなさい、友達のお母さんが急に亡くなって」
「いいひと」の森下さんに、わけもなくイラついた。
日曜日の約束もあるのだから、仕方ないとは分かっているけど、
全くタイミングの悪い人だ。
「日曜日、お通夜になっちゃったんです、ごめんなさい」
「そんなこと、気にしないで、元気だして…」
「…すみません」
「しばらくバイト休む?」
「いいんですか?」
「いいよ、店長には僕から伝えるから」
「お願いします」
「元気が出たら、もどっておいで」
「いいひと」はやっぱり「いいひと」だった。
イラっとした自分が、本当に馬鹿に思えた。
喪服は持っていなかった。
「おかあさん、制服で行ったらだめかな?」
「もう卒業したからね…。駅前のスーパーで
安い喪服でいいからとりあえず一着買っちゃおうよ」
「わかった、そうする」
私はボクサーに殴られたように、腫れて一重になった
まぶたを冷たいタオルで1時間だけ冷やして
スーパーに出かけた。
こんな悲しい日に、スーパーのブラックフォーマル売り場で
試着室の鏡に映る自分を情けなく思う。
黒いワンピースのスカート丈なんかどうでもよかったし、
黒いパンプスのかかとの高さだってどうでもよかった。
とても長い夜だった
風の強い、月も流されるくらいの夜に
雨が降った。
J.Jの住む団地へ向かう途中で、
喪服姿の人の後ろ姿を何人も見かけた。
きっと、みんな集会所へ行くのだろう。
もう日は落ち、空気は蒸していた。
みんな無口で、ヒールの音がメトロノームのように
コツコツと響く。
集会所へ近づくにつれ、坊さんのお経が
現実に導いていく。
私は足を踏み出せずに、集会所の入口の
オレンジ色の明かりを
ただ突っ立ったまま、ぼーっと眺めていた。