落ちる
<夕暮れ>
夕暮れの空は、赤い色。あかいあかい、こわいいろ。
うつくしい、いろ。
私たちは夕暮れの街を歩いていた。どこまでも歩いていた。行く当てなどない、目的地なんてない。そんなもの、いらない。ただ歩いている。歩いていくしかないんだ。それは救いでもあるし、前に進む希望のようにも、絶望から逃げるかのようにも思える。
放課後、学校の帰り道。
赤音は私の前を歩く。いつだって赤音は私の前を行く。私はその後ろを追いかけていく。ただ、ついていく。置いて行かれないように。ただ、そんなものだ。
空は眩しい太陽の青ではなく、真っ赤な夕日の夕焼けだった。やっと青空が去ったのだ。空は次第に薄暗い夕闇となり、太陽は姿を消すだろう。赤音を苦しめる光の太陽が去った。太陽は赤音の敵。
体が弱い赤音には眩しい日の光は苦しみしか生まない。今の夕日の眩しさも苦しいのではないかと思うけれど、それでも赤音は夕焼けの空を好んだ。
「夕焼けはすべて帰り道みたいで、好き」
赤音はそう言っていた。
「飲み込んでくれる」
ちらりと赤音の後姿を見やる。制服のスカートが歩くたびに揺られている。なんだか生き物みたいだと思った。赤音の足元には夕日を受けて長く黒い影が伸びている。影は赤音が動くと同じ動作をし、どこまでもついてくる。それは私も一緒のはずだ。
それでも、私は赤音の影がひどく不思議なもののように思える。
なぜ赤音に影があるのだろう。
それに、制服のスカートなどより影の方が生き物なのかもしれない。
私は赤音か、影か、どちらが本当の赤音なのだろうと思う。おかしな思考。私の考えはいつだって奇妙なのかもしれない。私は馬鹿だ。まったくくだらない。
いつか影が赤音に成り代わり、私の前に現れる気がする。私の世界の赤音は影の方が近いように思える。なぜだろう。影は私の方なのかな、足元の自分の影をじっと見る。何にもない。なんにもない、なんにもない。
私の足元には影すら不似合のように見える。私には何もないのがちょうどいい。そういうもの。きっと、そう。からっぽ。
私が私のつまらない思考の海に浮遊していたら、赤音がこちらを振り向いて何か言った。
私は少し反応が遅れて、間があいてから赤音の方を見た。わずかな、ずれ。ぼんやりしていたから少し距離が離れていたみたいだ。置いて行かれてしまう。
赤音は何を言ったのだろう。
赤音はもう一度言葉を零した。
「鈴」
「鈴」…「すず」そう言ったのだ。
すず、なんだろう。すず。すず。すず。私は何度もその音を繰り返した。赤音の唇から発せられる”赤い音”。それが「すず」と言ったのだ。ならばそれは意味のある言葉かもしれない。私が大切にして飲み込まなくてはいけない音なのかもしれない。私はその音を頭の中で繰り返した。まるで何かのまじないや、呪いの音のようだと思った。
私はなんだか夕焼けが溶けて、私なんていないような感覚がした。錯覚、幻、この世は夢だ。私は眠いのかな…。夢も現もないようなそんな気がするから。眠ってしまえばすべては消えるのかな。
夕焼けの中、すべては影になる。
私の足元から伸びた影もきっと生きている。私が影かもしれない。
黒い影。
かあ、かあ、かあ。鴉の鳴き声。
誰もいない帰り道。どこかも分からない道。どこへ向かうの。終わりのない始まりもない、道。
誰もいない。
影に飲み込まれて。
夕日が、沈む。
沈む。
沈む。
ただ、真っ赤な空をぼんやりと瞳に映した。瞳に滲んで溶けるように。
赤音の顔も影になって、見えない。赤音の影。これは誰。影。影はこちらへ近づいてくる。そして、もう一度音が鳴った。赤い音だった。
「鈴」
私たちはただ歩いた。二人で。
赤音には夕日が似合う。