落ちる
今、私はそんなひどい夢を赤音本人に聞かせている。
「…へえ。相変わらず酷い奴だね。お前は」
人をばらばらに切断したって? 赤音は少し冷たい顔で薄く笑った。
私は泣きたい気持ちになった。涙のような感覚が胸の中、目の奥に湧きおこってくる。熱い。焼き尽くされそうだ。私は何を言っているのだろう。こんなおかしな夢を、酷い夢を赤音に聞かせるなんて。最低だ。赤音に嫌われただろうか。軽蔑されて、気持ちの悪い気の狂った女だと思われる。
「ごめんなさい、ごめんなさい…赤音…」
私は小さな声を絞り出すようにして必死に謝った。とにかくとても悪いことをしたと思った。
赤音はしばらく黙っていたが、ふいに言った。
「それで? その夢はどうなるの」
私は赤音に最後まで夢の内容を言っていなかったが、赤音は分かっていたらしい。私は夢を正直に言っていいものかどうか、しばらく逡巡した。
「いいよ。言って」
赤音は促す。それでも私は口にすることができない。だっておぞましい夢だもの。それは私の願望のようだった。
「言え」
赤音は静かな声で命じた。赤音に言われることは絶対だ。私にとって赤音の音は絶対的な響きを持って心に響く。私の口は本当のことを話しだした。
夢の暗闇。
私は赤音を小さく切断した後、血だまりの中に立ち尽くし、それらをどこに隠せばいいのか分からず途方に暮れた。私は大切なものを隠しておく安全な場所なんて知らなかった。私には何もないのだから。私はからっぽだ。
赤音の手、赤音の足、胸、腹、そして、赤音の頭。私は赤音を抱きしめ蹲った。そして、赤音を隠すことなんてできないんだと絶望にも似た気持ちになった。私のもとにとどめておくことなんて絶対にできない。赤音はとても自由なのだから。どこへだって飛んでいける、何にだってなれる、どこへだって消えていける。
とてもとても悲しくなった。怖くなった。私の世界には赤音は存在しないのだ。世界が壊れていく、いいや、はじめから存在しない世界だ。
そして、赤音の頭を見つめて私は思った。せめて、せめて赤音の一部だけでも私に取り込んでしまいたい。それならば私は赤音を失わずに済むのだろうか、私は私を失わずに済むのだろうか。私の世界は壊れないのか。お願い。
そして、私は切実な気持ちで赤音の瞳を取り出して、食べた。夢の中の瞳の奥はただの空洞で、瞳は生きた硝子玉みたいだった。その瞳を歯で必死にかみ砕いて飲みこもうとする。とても頑丈で私の歯で喰いい破れない。それでも夢の中だから、私の願いは叶う。とてもまずいまずい味のない赤音を私は飲みほした。吐きだしそうになる嫌悪感を堪えて、無理やり飲みこんだ。
食った。
私は赤音の方を見ることができず、下を向いたままたどたどしく話し終わった。すべてを話し終えて、どっと疲れが襲う。
赤音はふうんと言って少し黙っていたけれど。
「ひどいねえ。お前はおかしいね。最低だ」
そう言って声を出してわずかに笑った。私は赤音の顔を見ることができない。自分のあさましい欲望を見透かされたようで恥ずかしくて、夢の中で赤音に酷いことをした自分がとても嫌だったから。悲しい悲しい、悲しいよ赤音。
私は泣きたくて、それでも泣けなかった。涙はどこかへ行ってしまったのか、それとも透明の血となって体を巡っているのかもしれない。心の中で渦となって出口を見つけられないままさ迷うのだろうか。
そして、私は泣くことは許されないと思った。これは私の欲のために流される涙だから。私を哀れむ愚かな涙だから。浅ましい。そして、暗い。暗い、暗い、何も無い。
唇をかみしめ、ただうつむいたまま自分の足元の影を見ていた。自分の存在なんて影となって景色に溶けていけたらいいと思った。あやふやな思考。悲しみの海はすべてを沈めて私を溶かしてしまう。逃れることはできなくて、がんじがらめの鎖に囚われる。
赤音がまた微かに笑う。その表情は私からは見えない。昼過ぎの空き教室、窓から入る日差しがあたたかで眩しいから、私は消されてしまう。
そっと赤音の指先。青白い赤音の皮膚が日の光を受けて柔らかに光っていることに私は安心する。静かに、指先はこちらへ伸びてきて私の頬の前で止まる。触れることは無い。わたしの輪郭を撫でるようにそっと動いた指先は、また離れていった。
赤音の指先。細くて長くて白い。最初に見た指先と同じ。それが私に再び向けられたことに、私は確かな世界を感じた。
ゆっくりと赤音の方を見上げる。日の光で少し影となった赤音の姿。静かに情景に溶けてしまいそうで、やはり私はすべて飲み込んでしまえたらなと思った。赤音の瞳は相変わらず深く、静かだった。
赤音は虚無のような顔をしていた。