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ノンフィクション/失敗は遭難のもと <前編>

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  しばらくすると、1台の車がヘッドライトを点けて登ってきた。林道は工事現場で行き止まりのはず、と思いながら道端に身を避けて乗用車を見送る。案の定、つかの間をおいて今の車が戻ってくる気配。ライトに照らし出された時、帽子を取って頭を下げる。直ぐ傍で車が停まってくれた。

  車内には前部座席に男性が2人居て、ボーイスカウトの制服をキリッと身に纏った若者だった。こちらの便乗の申し出を快く受けてくださる。泥濘で汚れた靴を気にしながら、後部座席に納まる。車の2人は先行している本隊のキャンプ地に行く途中、道を間違えたと言う。お蔭で私は大助かり。沢戸橋の袂で下ろしていただき、救いの主に深々と最敬礼した。

  復路も五日市駅へのバスは40分ほど待たなくてはならない。往路で徒歩の所要時間がはっきり分かっているから、極度に疲れた身体に鞭打つように、駅まで歩いてしまった。アルコールに弱い私は、途中の店で牛乳とソフトクリームを買って腹に入れた。公衆電話で自宅に無事下山を知らせる。

  万歩計の総歩数は、41,000歩を記録していた。
  昭和58年(1983年)7月23日(日) 歩く。    -第1話・終ー


第2話 禍を転じて福となす[秩父御岳山]

  秩父御岳山は、秩父鉄道の終点「三峰口駅」の北西に位置し、駅から直接アプローチ出来る山のひとつ。標高は1,080mながら、西上州から奥秩父方面までが一望できる展望の山。春にはカタクリの花が楽しめ、木曾御嶽と同じ普寛行者により開山されたという、古い歴史のある山です。

  ちょっと横道に逸れますが、ある山の雑誌で「第1回外秩父七峰縦走ハイキング大会」が、5月中旬に開催されることを知った。サブタイトルに「脚力検定」と謳っている。自分の負けず嫌いの虚栄心に火が点いてしまった。

  自分としては山の歩き方について、参考書のアドバイスなどを元に、自分なりの歩き方を工夫し、脚力にも自信はあるつもり。でも実際にどこまで自分の足が通用するのか、どれほどの脚力なのか確実に測定する方法などまったく無かった。それが、このハイキング大会の成績いかんで、判断出来るらしい。即座に参加申し込みをした。

  まず、コースを机上で勘案すると、全長40km余り(ほぼフルマラソンの距離)の行程のうち、車道歩きが相当の距離になることが分かった。これでは、靴底が硬い登山靴などでは、一発で膝を傷めてしまう危険がある。厚底で弾力性があるジョギングシューズが最適と判断した。

  不言実行、早速車道歩きにも適したシューズを新調したものの、新品のままいきなり本番で使うわけにいかない。事前に足慣らしをする必要があった。そこで「カタクリ」の花も愛でられる「秩父御岳山」に白羽の矢を立てた次第です。閑話休題。

  里のサクラも終り、ゴールデンウィークが目前に迫る日曜日、まだ一度もお目にかかったことがない、自生の「カタクリ」の花を求めて、秩父御岳山を目指した。

  私事ながら、西多摩郡から奥武蔵野の玄関口といわれる飯能市に住居を移して2年有余。この間、地の利を生かし25,000図のマップで、奥武蔵・外秩父の山々のコースは、ほとんど朱線で塗りつぶしていた。そこで次のターゲットになったのが「奥秩父」であり、最初の手始めが秩父御岳山であった。

  秩父鉄道の西の終点「三峰口駅」に降り立つと、曇り空のうえに濃密なガスが辺りに立ち込め、周囲はホワイトアウト状態だった。まぁ、朝霧は好天になる徴しとか?誰かが言ってませんでしたかね。

  同じ電車を降りたたくさんのハイカーは、全員が大輪方面のバス停に急いでいる。自分一人だけ、気楽な気分でスタスタと歩き始めた。バスの車窓から覗くハイカーの顔が「何処に行くんだ?」と怪訝そう。新品のシューズは、重い登山靴とは比較にならないほど軽くて、足にピッタリフィットして、とても歩き易い。舗装路には最適であった。

  本日の登山は、三峰口駅の標高320mから山頂の1,080mまで、標高差760mの登り。ガイドブックでは、歩程4時間20分と表示さrていた。

  荒川に架かる白川橋を渡り右折、二股道を左に小鹿野への道に入る。まだ山に入っていないのに、ウグイスその他の野鳥のさえずりが、しきりに聞こえてくる。その鳴き声に耳を傾けながら、軽快に足を運ぶ。

  いつものことだが単独行の時、初めてのコースで登山口を特定するのが難しい。しっかりと道標が設置されていれば、苦労しないで済むが、小さな山ほど入口の標示が少ない。そそっかしいO型であれば、なお更のことである。

  自分でも登山口を「通り過ごしたな」と思う頃、近くの畑で働く人影を発見、道を尋ねる。やはり戻る羽目になった。通り過ぎた駐在所の脇を入った奥の、雑木に囲まれた小さな墓地の傍らに、その道標があった。これでは分かるはずが無い。

  杉木立に沿ってゆるく登り、小沢を横切る。山腹に取り付くときつい登りになる。山道は雨水の通り道でもあり、深く削られている。そんな悪路を、足取りも軽く快調に高度を稼ぐ。
ほどなく尾根上に飛び出す。

  南側の展望が開け、第一目標の送電鉄塔に到着する。
  ガイドブックでは、駅から此処までの所要時間が50分と表示されている。実際には駅を8:45に出発、鉄塔到着が9:00?まだたったの15分した経っていない。信じられない思いがした。

  鉄塔下でたっぷり15分の小休止。朝の予感が的中して薄日が射してきた。そして、3月に入っての春のベタ雪で、杉の倒木が目立つ。鉄塔の先は、藪の中の滑りやすい斜面になる。

  小鹿野方面の展望が開け、杉林の中を登ると「林平」に出て、左に「猪鼻」への分岐。約400m高度を稼いだことになる。残りの高度は350mほど。更に南側を巻きながら尾根を乗越すと「山ノ神」。小さな祠がある。

  快調に高度を上げていくと雑木林に入り、U字形に削れた山道を落ち葉が埋め尽くしている。入山者が少ないからか、あまり踏まれた形跡がない。ガサゴソと感触はまったく違うが、まるで新雪の上を歩いているよう。登山靴が完全に埋没してしまう。

  フト気が付くと、道でない斜面を歩いていた。
「しまった!また間違えたぞ」
ジグザグの折り返しを落ち葉で見落としたらしい。
こんな時は、誰でも引き返すのがセオリーなのに、そのままヤブを避けて落ち葉を踏み鳴らし高みを目指した。
「上に行けばなんとかなるさ」といたっていい加減。
これが一人歩きの良いところでもあり、悪いところでもある。

  登り着いた尾根の向う側は、樹木が伐採された根株だけの広い空間が広がっていた。
その斜面一面がウスムラサキ色に染まっていた。
「ウン?」と色の正体をはっきりと見定めると、なんと「カタクリ」の花だった。道に迷った禍が、カタクリの大群落に出会う幸運になった。「ヤッホー!」と叫びたい気分。
斜面に腹ばいになって、しとやかに下を向く花をカメラに収める。

  尾根を、山頂がある西に向って歩く。再び鬱蒼とした針葉樹林に入りやや降ると、ポンと登山道に飛び出した。「タツミチ」では、右から猪狩山経由の古池集落からの道を合わせる。