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SFファンタジー 『異説・人類の起原』

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  アダムはイブとの愛の絆を夢中で確かめ合う間も、正真正銘のイブである証を求めた。震える目蓋、少女のような透き通る耳、小さくツンと尖った鼻梁、可憐な花びらのような口唇、間違いなく丘と丘の間に小さな黒いホクロが一つあった。彼は彼女の全身にその証を求めた。そして納得した。
  ふっくらと盛り上がった双丘は、彼の掌(たなごころ)にピッタリと納まる。まだ穢れを知らぬその乳頭は突起とならず、手の平だけではその所在も判別出来なかった。アダムの荒々しい唇と舌端の愛撫をうけて、はじめてプックリと飛び出す。硬く突き出した乳首は、彼女が身も心も彼に捧げる合図だった。若い二人は、理性のかけらさえかなぐり捨て、本能のままの激情に駆り立てられていった。
  イブとの愛を確かめ合った一夜が開けて、アダムはイブを伴い湖にやってきた。二人の腰部は、ブドウの葉と蔓で申し訳程度に隠されていた。それでもなお慣れない裸姿の態度に、羞恥の気持ちがにじみ出ていた。
  湖畔にあるはずのテラスと桟橋は、微かな痕跡も残さずきれいに消え失せていた。岸辺には、遠い昔から変わらぬままのさざ波が、静かに打ち寄せているようだった。
  「『ゼウス』よ!聞きたいことがある。聞こえていたら応えてくれ!」
  ≪アダムよ、なに用じゃ。余は常に汝の傍らにおる≫
  『ゼウス』は姿を現さず、言葉だけが耳に届いてきた。
  「僕一人のタネでは、他の人種は生れてこないのでは?」
  ≪その心配はいらない。もっとも汝には子作りにも励んでもらわなくてはならないが。イブとの間に最低でも10人の子を生(な)してもらいたい。そして生れくる赤子の肌の色が違っても、決して驚いたり悲観したりしないこと。すべて余なる神のなせる業と思うがよい。分かったな?≫
  「火山の噴火とか、地震など天災からは守ってもらえるのですか?」
  ≪なにを申す。余が支配するこの地球に、天災など絶対に起こり得ないことじゃ。もしそのような事態が発生したとしたら、それは余の意志が働いていると思え。人類に対する試練を与えるのじゃ。その試練を乗り越えてこそ、力強い人類の進化が約束されよう≫
  「・・・・・」
  ≪そうじゃ、もう一つ申し渡すことがある。この時より、余は汝等との接触を断ち切る。今後は汝等のいかなる呼びかけにも、一切応じることはないであろうし、こちらから意志の疎通を図ることもないであろう。但し、例外として一方的な<天の声>が下ることがあるかもしれん。
  なお最後に、万能の神『ゼウス』を祀る神殿を建立しておこう。汝等にとっても利用価値の充分にある神殿となろう。では、グッド・ラック!≫
  「アッ!ちょっと待って!まだ聞きたいことが山ほど・・・」
  アダムには分かった。『ゼウス』の存在感・気配が、彼らの身辺から去っていくのが。そして、二度と『ゼウス』への接見が叶わないことも。語り掛けは幾らでも出来ても、一切応えてはもらえないことも。
  この瞬間が、後世で<禁断の果実を齧り、下界に追放された>と、誤った言い伝えになった場面である。
  アダムとイブ、二人の佇む湖畔は初夏の陽射しがサンサンと降り注ぎ、小鳥たちのかまびすしい囀りがコダマしていた。取り残されたような不安感が、アダムにイブの手をしっかりと握り締めさせ、優しく強く握り返すイブに、ニッコリと笑みを送った。
  「もう『ゼウス』はいない。君と二人だけになってしまった。仲良く一緒に暮らそうな」
  「ハイ、あなた」
  二人は仲良く手を繋いだまま、半ば走るように湖畔を後にした。

第12章 子孫へのメッセージ

  『ゼウス』の神殿は、太陽光線がサンサンと降り注ぐ、見晴らしの良い丘の上に建っていた。アダムの記憶にある、数多くの石柱が使われた古代遺跡に見られる神殿そのものだった。その完全な形の、真新しい出来立ての建造物が、二人の目の前にあった。
  最初は二人とも手を繋いだまま神殿の石段を上り、手を引っ張り合うようにそれぞれが興味を持った対象物に近寄ろうとする。でも、それでは好奇心が満たせないと分かり、お互いの手を振りほどき別行動をとる。
  「アダム!来て見て!面白いわよ!」
  「いや、こっちに来てご覧!素晴らしい彫刻があるよ!」
  二人の神殿探検は長時間にわたった。昼の食事を忘れるほどだった。なによりも一番奥まった部屋に祀られた、威厳に満ち叡智を全身に纏ったような『ゼウス神』の巨大な坐像は、二人の心に畏怖の念を与えるほど、その存在感を誇示していた。
  「アダム、感想は如何?」
  「ウン、たしかに立派な神殿だと思うよ。でもこの神殿はまだ未完成っていう感じがする。何故なんだろう?」
  「私も同感よ。でも、何が足りないのかしら?」
  「そーだなぁ、建物の壁とか柱に空白部分が多すぎるみたいだ。何か飾りが足りないのか?」
  「分かったわ!飾りではなく、文字じゃないかと思うんだけど、私は・・・」
  「文字?文字!そうか!『ゼウス』は最後に、僕達にとって利用価値満点の神殿になると言っていた。神殿の空白の部分に、僕達が文字を彫ればいいんだ!僕達が今まで学んだ知識すべてを、遠い未来の子孫達にメッセージとして残すことが出来る。そのチャンスを『ゼウス』が与えてくれたんだ!」
  「そうよ!きっとそうよ!彫りましょ、私達の子供達に遺して上げましょ」
  「よし!硬い石鑿を探しに行こう」
  それからの二人は毎日、日が昇り日が落ちるまで、神殿の壁や柱に向かいひたすら文字を刻み続けた。それはいつ完結するのか見当もつかなほど、膨大な時間が掛かった。
  その間イブは、健やかな嬰児を次々と授かり、育児にも多くの時間を割かなければならなくなっていった。アダムは憑かれたように、くる日もくる日も石鑿を振るい続けた。
  結局、この地球で人類の始祖となった<アダムとイブ>の全生涯は、元の世界の情報を、神殿の壁に刻み付ける作業に費やされてしまった。
  それでも本人達は、遠い未来の同胞(はらから)達に、完璧な情報が伝達出来たと思い込み満足していた。
  こうして、ホモ・サピエンスの歴史が始まった。

◎エピローグ

  余は万能の神『ゼウス』なり。アダムとイブが人類の始祖となった経緯(いきさつ)は、皆もすでに知っておろう。それでは、二人のその後についてのあらましを、余の口から語るとしよう。
  アダムとイブは6男6女に恵まれ、立派に子孫繁栄の礎を築き上げた。そして人類の歴史は今、余が与えし期限五千年の半ば近くまで経過している。
  その間、人間達は愚かにも人間同士、血で血を洗う醜い闘争に終始している。ただ不思議なことに、無益な戦いの中から僅かづつながら文明の進化が見られ、残虐な戦闘が文明の発展に寄与している点が認められること。これは今までの余の概念からは考えられないケースになる。
  荒廃しか齎さない殺戮と破壊の繰り返しの中で、いち早く復興を目指し、立ち上がる人間達の生命力の強さは、賞賛に値するだろう。