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SFファンタジー 『異説・人類の起原』

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  その日は、これより終(つい)の住処となるやも知れぬ、岩小屋の手入れに精を出した。ベッドにはタップリ葉の茂った小枝を厚く敷き、綿毛のような柔らかい枯れ草が敷布代わりになる。火を絶やさぬための囲炉裏も工夫する。
  次の日からは、この地域全体の踏査を開始した。まず湖を周回して判明したことは、湖に流れ込む沢などの水路がまったく無かったこと。ということは、湖の水源は湧水になる。
  その湧水量が膨大な量であると判断したのは、湖から流れ出る水量豊富な川があった。その川は、なんと100mほど先の空間に消えていた。川が消えている地点に立つと、目が眩むような断崖絶壁の突端にいた。
  流れはそのまま大瀑布となって落下し、遥かな地底から轟音となって返ってきた。垂直に切り立った断崖はどれほどの高度があるのか? 吹き上がる水しぶきが霧状に広がり、視界を妨げ皆目見当がつかない。絶壁は左右どこまでも続いているようだった。
  『ゼウス』との約束の一週間は毎日、踏査に明け暮れた。その踏査の結果は、清爽な湖と果実たわわな果樹園、高山植物が咲き乱れるお花畑、森の恵みが溢れる広葉落葉樹林、それに小麦など穀物種を含む、広大な草原を有するパラダイスであった。
  その楽園は、切り立った断崖絶壁で取り囲まれ、陸の孤島のように下界から隔絶されていた。これが人類の始祖が暮したという〔エデンの園〕になるのか?
  そのほか、植物以外の生物としては、鳥類の姿を多く見かけた。美しい音色で囀り鳴き交わす小鳥達、極彩色豊かな中型の鳥達は、その見事な飾り羽根を誇示するかのように、優雅な飛翔を見せ付ける。天高く悠然と羽根を広げ、大きく輪を描く大型の鳥もいた。
  また動物類については、まだ天敵の存在も知らぬげな小動物の姿を多く見かけた。大型の動物については、未だ目撃するに至ってはいなかったが、馬や牛など将来家畜となりうる動物の糞が、その存在を暗示してくれていた。
  若さが漲るアダムは、新しい地・新しい環境で、新しい生活をスタートさせることに、絶対の自信を持った。もうなんびとであろうと、アダムを引き止めることは出来ないであろう。

第10章 アダムとイブ

  約束の一週間が瞬く間に過ぎ去った。アダムは『ゼウス』に命じられた通り、この地に拉致された時のままの姿と装備を携え、再び湖の桟橋の上に立った。次の瞬間、何の予告も無しに彼はユメで見た宇宙船のコックピットらしき部屋に転移された。
  ≪アダムよ、コンニチハ≫
  「こんにちは」
  ≪汝のここ一週間の行動を逐一見させてもらった。余の予想通り、いや予想以上、汝の思考・行動とも人類の始祖として、申し分のない資質を発揮してくれた。おおいに期待出来そうだな≫
  「ありがとうございます」
  ≪これまでの汗を流すがよい。そのドアの向こうに温泉を用意した。この温泉はそっくり汝にプレゼントしよう。住居としている岩小屋の近くに設置しよう≫
  言われるままにアダムはドアを開けた。目の前に露天風呂に相応しい岩風呂があり、湯気の立ち上る湯を満々と満たしていた。仄かな硫黄の臭いが漂い、岩伝いに湯が流れ込んでいる。
  手を湯に浸けてみると、熱からず温からずのいい湯加減だった。湖での水浴だけで我慢していたアダムは、久し振りの温泉に狂喜し、裸になるのももどかしげに温泉に飛び込んだ。そして頭からドップリと湯に浸かった。
  「ふぅーッ、サイコーッ、極楽、極楽!」
  山行きには絶対に温泉が欠かせないほど、温泉好きだったアダムには、この上ない大満足だった。
  ≪アダムよ!もう一つ贈り物がある。受け取るがよい!≫
  『ゼウス』の言葉に、我に返ったアダムは、いつの間にか岩風呂の傍らに、全裸の女性が佇んでいることに気が付きビックリ仰天、思わず湯船の中で立ち上がってしまった。
  目は彼女に釘づけのまま、脱ぎ捨てた衣服に手を伸ばしたが、衣服は掻き消すように消えうせていた。
  彼女も羞恥をあらわに片手を胸に、片手で下腹部を覆い膝を軽くかがめるようにしている。シミ一つ無い真っ白な肌、その姿はまさしく〔美の女神・ヴィーナス〕の立ち姿そのものだった。唯一ヴィーナスと異なる点は、艶やかな黒髪だった。
  「イブ? イブ! イブがなんで此処に?」
  アダムが初めて出逢った頃の若いイブがそこに居た。
  羞恥のあまり目を伏せたまま、相手の顔はおろか裸身からも目を逸らしていたイブが、アダムの声を聞いて恥じらいを忘れ、はじめて声の主を見つめた。
  「エッ! あなたアダム? アダムなのね!」
  その途端、イブの顔にいつものチャーミングな笑くぼが浮かび、明るい満面の笑顔で両手を差し伸べ彼に突進、大胆にも湯船に飛び込んできた。
  「アダム!どうしていたの? 淋しかった、会いたかったわ!」
  「イブこそ、どうして此処に?」
  ≪アダムよ、汝が一週間前に置いていった、イブの髪の毛のことは覚えておろう?その髪の毛でイブのクローンを誕生させたのだ。たとえコピーとはいえ、当のイブ本人とまったく相違ない同一人物である。但し、イブの記憶は汝と愛し合った青春時代までで、その後の結婚生活についての記憶は一切無いぞよ≫
  アダムはイブの猛烈な勢いに気圧されながらも、イブを自分の胸にがっしりと受け止める。彼女の温かい身体を抱き締めたことで、彼の心に確固たる連帯感・安心感・自信などが湧き上がってきた。
  イブも彼の分厚い胸板に顔をうずめ、彼の力強い心臓の鼓動を聞きながら、深い安堵感とともに胸にこみ上げてくるものを感じていた。嬉しさに脚の力が萎え、全体重を彼に預けるようだった。
  笑顔ながらおずおずと見上げるイブと、満腔の喜びに打ち震えるアダムの目が絡み合う。イブは瞼を微かに震わせながら、軽く目を閉じていく。アダムの唇がイブのそれを確かめるようにそっと触れる。次の瞬間、二人の唇はお互いの唇を狂おしいばかりに求め合った。
  白昼炎天下での破天荒な行為だった。というのも、『ゼウス』が約束通り二人の気付かぬうちに、露天風呂を含む岩場全体を、熱く抱き合う恋人もろとも、アダムが住まいとしている岩小屋近くに転移していたから。
  アダムが元の世界から持ち込んだ一切合財は、すべて『ゼウス』の元に残されてしまった。これで裸一貫のスタートとなる。しかし、どんな文明の利器を手元に残されるよりも、彼には最愛の女性が共に生きる伴侶となってくれることの方が、最高に嬉しかった。
  これ以上の仲間はいない。これよりアダムとイブの人生が始まる。
  
第11章 『ゼウス』との最後の接触

  アダムはたしかに最愛のイブの出現を手放しで歓迎し、文句なしで自分の胸に受け止めていた。しかし彼の心の片隅で、密かに半信半疑の気持ちが揺れ動いていたのもたしかだった。気持ちの根底に、『ゼウス』の存在自体をまだ信じられない部分があったから。