SFファンタジー 『異説・人類の起原』
いつ見ても感動的な、ご来光の瞬間がやってきた。これも東の空が晴天の朝に限られる。雲海の彼方から、キラッと金の矢が放たれる。後ろを振り返ると、岩山の頂点がその矢に射抜かれて金色に染まる。そして三角錐の岩山が、まるで岩自体の高熱で炎を発して、赤々と燃え上がるかのように頂点から徐々に染まっていくのだった。
≪モルゲンロートだ!≫
そのモルゲンロートとは、太陽が地平線から頭を覗かせる瞬間だけ、高山の頂きをその神秘的な彩色で魅了する、束の間の芸術だった。最初の金の矢を放った太陽が、全体の球体を現すのはほんの僅かな時間だけ。
雲海の波頭も金色に彩色されている。太陽光に温められた大気が徐々に対流をはじめ、雲海の広がりに変化が起こり始める。所々の雲が、入道雲のように盛り上がりはじまた。ある所では、散り散りになった雲が大気中に消えていく。
あさの感動的な第1幕が終わった。先が急くままに慌ただしく出立の準備をしながら、ふと視線を前方に向けると、アダムの褥となったお花畑に、一夜にして踏み跡が付けられていた。
それは自分の目を疑う光景だった。間違いなくお花畑を踏み拉いた小道が、アダムの足元から稜線に沿って伸びている。しかしこれで、自責の念にかられながら、自らの足で草花を踏み荒らさずに歩いて行ける、とアダムは喜んだ。
たったの一夜で激変した周辺の状況は、就寝中にまた別の場所に転移させられたのかと訝るほどだったが、全く常軌を逸する怪奇現象には、この際一切目をつぶることにした。
雲海が消滅した後の遠景には、これも昨日は見当たらなかったはずの、鏡面のような水を湛えた湖が見えるではないか。これで当面、飲用水の心配も無くなった。
この時点になってアダムは、自分が悩んでいた心配事や、こうあって欲しいと願ったことなどが、誰か?或いは何者かによって、解消され望みが叶ったことに気が付いた。
元の世界への帰還は別にして、山道しかり飲み水しかりである。昨夜のユメに至っては、果たして正夢に成り得るのか?かえってこれからの展開に、アダムは興味津々になるのだった。
天空お花畑の稜線漫歩は、爽やかな大気を胸いっぱいに吸って極上の気分である。番いの雷鳥までアダムの行く手に現われ、恐れる気配も見せずに悠然と踏み跡を横切っていく。後ろの一羽は未だ純白の冬羽が残り斑模様だった。
踏み跡が下降に転じると、アダムの若い脚はかつて無いほどの加速が付いた。ハイマツやダケカンバの植生地帯に入ると、遠く近くにウグイスの囀りが聞こえてくる。美しい鳴き声が、澄み切った空間に響き渡る。
イワヒバリが一羽、何者かの使いで道案内でもしているつもりなのか、アダムの先に立ち10メートルほど飛んでは停まりを繰り返し、振り返っては彼の歩みを確かめているみたい。岩の天辺に羽を休め、周囲を睥睨しているのは、たしかダケガラスだと判断した。
更に標高が低くなると、オオシラビソやシラカンバの疎林に入る。明るい緑のドームが目にも心にも優しく、癒しのフィトンチッドが溢れているのが感じられる。ドームを支えるシラカンバの白い幹が輝き、白さを一層際立たせていた。
唐突といった感じで、目の前に湖が現われた。今朝の出発点で俯瞰された湖だった。この際、なにも恐れることはなかった。それでも最初は恐る恐る湖の水を口に含み、後は大胆に乾いたノドに水を流しこんだ。
水は柔らかい感じで冷たくて申し分なかった。思う存分渇きを癒してから、改めて周囲を注意深く観察する。湖畔のぐるりは白樺が取り囲み、下草は少ない。カガミのような湖面が、森閑とした雰囲気を更に醸し出していた。此処でアダムは初めて人工的な造形を発見した。
「アッ!桟橋がある!これでこの惑星が、僕一人だけでないことが証明されたぞ!」と声に出してアダム自らに言い聞かせる。
なにかの屋根無しステーションでもあるのか、木製の方形のテラスがあり、一部の先端が10mほど桟橋のように、湖面に張り出していた。
途中、休憩も取らず3時間以上歩き通してきたアダムは、最高の休憩適地を見つけたとばかり、はじめて背中のザックを下ろし、登山靴まで脱いでテラスに上がりこんだ。更に桟橋の先端まで進み出て、ペタッと腰を降ろした。
かすかにヒタヒタと打ち寄せる湖水に手を浸す。澄明な水はひんやりと冷たく心地良い。中天にある太陽の陽射しがサンサンと降り注いでいるにも関わらず、山湖の冷気が優るのか、暑さはまったく感じられない。
これも微かに吹き寄せるそよ風が、夢中で歩き火照った身体の汗をスーッと気化させサラサラにしてくれる。細かく揺れるさざ波が目に優しく、安らぎを与えてくれる。
か細いイトトンボが一匹、水面に尖った葉先を突き出した草の先端に止まったり、空中にホバリングしてアダムの目を釘付けにする。まるでユメのような特等席・・・。特等席?
と、この瞬間アダムは、朝の目覚めから此処までのいっときいっときの情景がすべて、アダム自身の記憶に残る、人生最高の瞬間が再現されたものと確信した。
どの情景をとっても、常に既視感が付き纏い、半信半疑の思いをいだいていたが、湖の桟橋の上で体感した至福のひと時で、彼ははっきりと断定することが出来た。
それにしても、誰が、どうして、何が目的で、このような催眠術みたいなことを彼に仕掛けたのか?催眠術ならアダムにも納得出来るが、もし現実に彼の記憶を再現するために、自然環境まで改変したとしたら、そんな芸当を可能にする存在など、アダムには想像も出来なかった。
第7章 万能の神『ゼウス』との接見
≪アダムよ、よく聞け! 余は万能の神『ゼウス』なり!≫
突然、アダムの頭の中で、威厳のある声が響き渡った。あまりにも唐突な言葉と、直接脳への語りかけに、彼は腰を抜かさんばかりに驚いた。周囲を見回しても、無人の風景が広がるばかり。透明人間? ただ聞き覚えがあった。どうやらユメで聞いた声と同じらしい、と咄嗟に判断した。
「誰だ!?」アダムは、話しかけた声の主を見極めようと、四方に目を凝らす。
≪これより余の基地に転移いたす。身体を楽にせよ≫
瞬時にアダムの姿が、桟橋の上から消失する。後には脱いだ登山靴と背から下ろしたザックが取り残されていた。
アダムは僅かに落下の感覚を覚えるとともに、目の前の湖畔の風景が一変し、野球場ほどもある大きな半球形ドームの、中空に浮かんでいる自分にビックリする。周囲の空間に比べ、我が身のあまりの矮小さにバランスを崩し、更に落下するのではないかという恐怖感に襲われ、何かに掴まろうと手をさ迷わせる。
まず彼の目を奪ったのは、ドームの中央部に浮かんだ、巨大な半透明の球体だった。透けた球体の中心に、暗赤色の塊りがあり、生き物が息づくような明暗を繰り返している。そして塊りから紅い触手が、表面に向かい四方八方に伸びている。球体の表面は青く輝き、所々に白い靄がへばりついていた。
アダムにはそれが、宇宙空間から俯瞰した時の地球の姿だと推測された。ということは、地球の縮尺模型が目の前に浮かんでいる?のか。
作品名:SFファンタジー 『異説・人類の起原』 作家名:おだまき