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朝木いろは
朝木いろは
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十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第二章>

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「ねぇ、もしかしてご機嫌斜め?」
 白崎が心配そうな表情で俺の顔を上目遣いに覗き込んだ。
「いや、ボーっとしてた」
「悩みごとか?」
 黒野がニヤニヤしたような表情で、コーヒーカップをテーブルに置きながら口を開いた。俺が無視をしていると、黒野は白崎の方を見て「なぁ」と言った。
「お前らって昔から知り合いだったん?」
「ちがうのよ。うちのワンコが悠の足に噛みついちゃって。そこから全ては始まったの」
「変な縁やな」
「アタシはね、この子が大好きなの。初めて会った時から」
 俺は恥ずかしさでただ俯くしかなかった。女子から言われる「好き」とは違う。なんだか居心地が悪い。
「それって愛の告白やん」
 黒野が追い打ちをかけるように俺の顔を見てニヤついた。
「ちがうわよ。友達としてって意味。悠はノンケだもの。アタシなんて眼中にないでしょ」
「中は女なのにもったいないなぁ。でも外見がフツーの男やから付き合うとかそういうのは無理やな」
「そうね、中身はそこらへんの女よりアタシの方がよっぽど女っぽいわ」
「いっそのこと外側も女にしたらエエんちゃう?」
「簡単に言わないでくれます? アタシの気持ちなんてわかんないくせに」
「アホやな。人間は外見から入るんやで。その方が周りも認知っちゅうか、認めてくれるんちゃうの?」
「あんたみたいなガサツ男にはわかんないでしょうけど、アタシにも色々あんのよ。こう見えても職場ではフツーの男で通してるんだから」
「ホンマか」
「マジ?」
「本当ですか?」
 三人の声が重なった。黒野は口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになっていたし、大も目をまん丸く見開いて白崎の顔をじっと見ていた。
「あったりまえでしょ。駅前のコールセンターで主任やってんのよ、これでも一応。声だって喋り方だってちゃんと男にしてるんだから。だからね女装なんてできないの」
「主任?」
 黒野が周りにも聞こえるぐらいの大声を上げた。
「ちょっと、声がデカイわよ。主任って言っても二十人ぐらいのバイトとかパートをまとめてるだけよ」
「あのぉ、失礼を承知で伺いたいんですが……。涼さんって、な、何の世代ですか?」
 大がおずおずとメガネを右手で持ちあげながら口を開いた。
「世代って何や。ケータイちゃうで。年齢のことか?」
 黒野の突っ込みに大はこくりと頷く。
「あらぁ、言ってなかったっけ? ねぇ、いくつに見える?」
 白崎は待ってましたとばかりに目をキラキラ輝かせて俺たち三人を見た。
「四十代やろ。若者なら知らんような古い言い方するし」
 黒野がからかうように言った。
「さ、三十代とかですか?」
 大はいつものようにどもりながら口を開いた。白崎は二人を無視するようにして俺の顔を見ると「ねぇ、悠は? どう思う?」と尋ねた。こういう質問は面倒臭くて厄介だ。「わかんねぇ。年齢不詳」と俺は正直に答えた。
「ちょっと! みんなひどいわ。三十代とか四十代とか果ては年齢不詳だなんて……まだ若いのに」
 白崎が大げさにショックという顔をして俺たちを見た。
「ご、ごめんなさい。僕はその……やっぱり二十八くらいかな、なんて思いますよ」
 大が慌ててフォローするように白崎の前で手を大きくブンブンと振って見せた。
「主任なんて言うからだよ」
 俺も普段はしないようなフォローを入れた。
「ってか大げさすぎるやろ。年齢ごときで。俺なんて茶髪にせんかったら高校生に間違えられるで」
「それ自慢? 若く見えるんならいいじゃないのよ。アタシなんてまだ二十四なのに」
「二十四?」
 俺たちはまたしても同時に叫んでしまった。
「お前苦労してきたんやな。だからそんなに白髪多いんやろ?」
「白髪の話はしないでっ!」
 白崎は両手で頭を抑え、黒崎をキッと睨んだ。