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朝木いろは
朝木いろは
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十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第二章>

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「待った?」
 未咲は小刻みに息を切らして俺の横にやってきた。
「いや、来たばっかり」
 本当は十分くらい待っていたが、口から出てきた言葉はそれを否定するものだった。     
 未咲の通うお嬢様学校の校門を離れ川沿いの土手を並んで歩いていると、目の前をゆっくり歩いていた小学生ふたりが手を繋いで歌を歌い始めた。そのあどけない姿に未咲は目を細めて微笑み、「可愛いね」と言った。俺はそんな未咲の表情、しぐさ、声、すべてに惹きつけられ、耳まで赤くなっていくような興奮を覚えた。
「すごい声掛けられてたね。教室の窓から少し見てたんだけどビックリしちゃった」
「あぁ、いつものことだから」
「なんかすごいな。慣れっこって感じ?」
「そういう意味じゃない」
「わかってる。騒がれるのが苦手なんでしょ?」
「ああ。目立つのって面倒なんだよな」
「じゃあ外見じゃなくて中身で評価して欲しい? 性格に自信あり?」
「いや、それは……」
 俺はしどろもどろになった。自分の性格が良くないことくらいわかっている。
「私はいいと思うけど。片桐君には独特の魅力があるよね」
 魅力があるという未咲の言葉に俺の心臓はドキっと跳びはね、一瞬足がぴたっと止まった。未咲は半歩ほど前を歩いていたが、俺の方を向いて照れたように口を開いた。
「片桐君を初めて見た時、不思議な気持ちがしたの。なんていうか、どこかで会ったことがあるような気がした。ずっと前から知っていたような……」
「え?」
「あれ? 私だけ? お互いにそうだったら運命の出会いかな、なんて思ったのに」
 未咲はガッカリしたような表情を浮かべ、ゆっくりと前に歩き出した。その時突然、未咲を抱きしめたいと思った。気がつくと、俺は衝動的に未咲の肩を包み込んでいた。ふわりと舞い上がるシャンプーの香り。髪の毛と髪の毛の間から覗く白い首筋が少しだけピンク色に染まっていくのが目に映った。
「片桐君……」
 未咲は抵抗する様子を見せなかった。それをいいことに、俺は未咲の体を自分の方へ向くように回し、そのまま顔を近づけていった。そしてゆっくり目を閉じ、未咲の赤くふっくらした唇に自分の唇を重ねた。オレンジ色に染まる夕日の中で俺たちは数秒間、目を閉じたまま静止していた。まるで時が止まったかのように、周囲の音など何も耳に入ってこなかった。ただ本能の赴くままに、二人だけの世界に浸っていた。
 未咲の小さく息を吸う音で俺は我に返った。
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「いや、いきなりだったから」
「後悔してるとか?」
「そういうわけでもないけど」
「ハッキリしてよ」
「好きっていう感情がよくわかんないんだよ。俺、恋愛とかしたことないし」
「自分の気持ちがわからない? 好きか嫌いかもわからないの?」
「それはわかる」
「じゃあどっち?」
「……」
 俺は押し黙ってしまった。好きと言えたら楽なんだろうけど、そんなこと恥ずかしくて言えるはずがない。
「何とも思ってないのにキスしたの?」
「嫌いだったらしねぇよ」
「じゃあ好きってこと?」
 俺は無言で少しだけ縦に首を動かした。これが精いっぱいだった。
「片桐君のこと、彼氏って紹介してもいい?」
「好きにすれば」
「じゃあこれからは名前で呼んでよ。あと週に三回はデートね」
「注文が多いなぁ」
「だって彼女だもん」
 未咲は満足そうに柔らかな笑顔を浮かべた。