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朝木いろは
朝木いろは
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十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第二章>

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 気がつくと外は真っ暗になっていた。俺は小一時間ほどの道のりを歩き、西園寺家の前まで来ていた。
 インターホンを鳴らすと、数秒で地味な格好をした四十くらいの女が門の近くまで小走りでやってきた。
「どちらさま?」
 なんて答えるべきか迷っていると、女は俺の着ている制服に気づいたようで、「あら、お嬢様の同級生かしら?」と自分から口を開いた。
「菜々子お嬢様のクラスメイト?」
 中学生に間違われたことに軽いショックを覚えながらも、俺はすぐに否定をした。
「小夜子お嬢様にご用ですか?」
 俺は首を縦に振った。
「お名前は?」
「片桐悠です」
「ここでお待ちくださいね」
「中に入れてもらえませんか?」
「お嬢様の許可がないと……」
 女は石畳が敷き詰められた道をパタパタと小走りで戻って行った。石畳の両脇には、イングリッシュガーデンを思わせる広い庭がある。オレンジ色の屋外灯が色とりどりの花を照らす。奥のほうにはライトアップされた噴水も見える。きっと専属の庭師が日々欠かさずに世話をしているのだろう。二、三分ほど待っていると、薄いピンク色のカーディガンに紺色の膝丈プリーツスカートを履いた小夜子が門の前にやってきた。
「片桐君? こんな夜にどうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「サツキさんが彼氏だって勝手に勘違いしてるの。連絡なしに来られるのは困ります」
「サツキさん?」
「うちの家政婦さん」
「前はいなかったよな?」
「あの時は父がサツキさんを早く帰らせたんです。自分で料理するってきかなくて」
「お父さんはいつ帰ってくる?」
「ああ、父に会いに来たんですか。今はお仕事でいませんよ。もうすぐ帰ってくると思いますけど。中で待っていてください」
 小夜子は俺を先導するように一歩先を歩いた。玄関を開けると、目の前にはシャンデリアと大きな螺旋階段がある。小夜子は三十畳くらいの広いリビングルームに俺を通し「ここにいれば父に会えます」と言って階段を上がろうとした。
「ちょっと待てよ」
「お茶なら今サツキさんが持ってきますから」
「聞きたいことがあるんだけど」
「私に? 何ですか?」
 小夜子は首を少し横に傾げて、俺の向かい側に置いてあるソファに浅く腰をかけた。
「あのさ、お父さんの離婚って……原因とか知りたいなって思ったんだけど」
「興味本位ですか?」
「違うよ。うちの母さんにプロポーズしたって。君のお父さんが」
「そう」
「だから息子としていろいろと知っておきたいっていうか」
 小夜子は顔を曇らせて俯いた。
「いや、でも言いたくないなら無理に聞く気はないから。今のは忘れ……」
「離婚じゃありませんよ」
「え?」
「病気です。菜々子が生まれたと同時に亡くなったんです。子どもを堕ろせば母体は助かったんですけど、母は菜々子を選びました。赤ちゃんと自分の命を引き換えに死んでいったんです」
 俺は小夜子が発する一言、一言にズシンとした重みを感じた。
「それからうちはおかしくなりました。父は魂の抜けた人形みたいになって。表には出さないようにしてるけど、心のどこかにしこりを持ってるんだと思います。菜々子にどこかよそよそしいのもそれが原因かもって思うんです」
 自ら服を脱いだ菜々子の大人びた顔が頭に浮かんだ。そして同時に俺がアイツにぶつけた暴言も鮮明に蘇ってきた。
「菜々子、最近帰って来ないんです。メールはたまに返信があるんですけど、電話にはほとんど出なくて。友達の家に泊めてもらってるっていうんですけど……」
「あいつまだ十四だよな?」
「あ、片桐君! お願いがあるんですけど……」
 小夜子は何か思いついたように、急に俺の手首を握った。そして強い力で俺の腕をぐいっと引っ張った。華奢なくせに握力は結構あるようだ。パタンと自室のドアを閉めると、小夜子は「代わりに菜々子に電話をしてくれませんか」と言った。淡いピンクで統一された二十畳ほどの広々とした部屋の真ん中には、花柄のピンクのカバーがかかったセミダブルのベッドが置いてある。そこに小夜子はちょこんと座り、手招きをした。俺は小夜子から少し離れた位置に座り、頭を横に振った。
「どこにいるのか聞くだけでいいんです」
「いや、俺だって話しにくいし」
「お願いします」
 小夜子は俺の前に立って頭を下げた。
「困ったな」
「心配じゃないんですか?」
「そりゃあ心配は心配だけど」
「片桐君の携帯からかければ出ると思うんです」
 小夜子はさらに追い打ちをかけた。
「あなたにも責任があると思うんですが……」
「は?」
「あの晩、菜々子と何かありましたよね?」
 俺はドキリとしたが、冷静を装って口を開いた。
「人のせいにすんなよ」
「あの晩からおかしくなったんですよ。すっかりご飯を食べなくなってしまって」
 嫌な予感がした。俺の言ったことで菜々子は傷ついて家に帰って来なくなったのだろうか。もしそうだとしたら、確かに俺にも責任の一部はあるかもしれない。
「わかった。かける」
 小夜子は俺の言葉を聞いて嬉しそうに顔をほころばせた。
 五回ほど呼び出し音が鳴り、菜々子らしき声が聞こえた。
「もしもし?」
「あ、片桐だけど」
「お兄ちゃん? なんで?」
「いや、元気かなと思って」
「電話しろって頼まれたんでしょ」
「ああ、お前の姉ちゃんに……」
「なぁんだ。心配してかけてくれたのかと思った」
「心配は……したよ」
「ホント?」
 菜々子の声が弾んでいるのがわかる。
「今どこにいるんだよ」
「えー、知りたい?」
 小夜子が俺の隣で「迎えに行くって言ってください」と小声で指示を出した。
「迎えに行くから」
「マジ?」
「マジだから早く言えよ」
「ごめん、今は無理」
「え? なんで?」
「だってホテルにいるんだもん」
「ちょっと待てよ。ホテルって……」
 小夜子は青ざめて立ち上がった。そして、ホテルの名前を聞いてと小声で俺に耳打ちをした。
「ホテルの名前は?」
「言ったら迎えに来るの? 今彼氏といるのにな」
「彼氏?」
「うん。さっきナンパされたの」
「それで即ホテルはないだろ」
「ねぇ、お兄ちゃんは何がしたいの? どうして菜々子に構うの?」
「何って……」
「もしかして菜々子のこと、可哀想で不憫な女だと思ってる? 体でしか男を釣れない可哀想な子って」
「そんなこと思ってるわけないだろ」
「うわべだけの言葉なんていらない。どうせね、菜々子が何をしたって誰も悲しまないんだから」
「姉ちゃんが心配してるだろ。父さんだっているじゃねえか。それに俺だって……」
「笑わせてくれるね。お兄ちゃんだって私のこと嫌いでしょ。簡単に脱ぐような女は嫌なんでしょ」
「あれは……」
「今更遅いよ、弁解なんて聞きたくない」
「あの日はいきなりお前が服脱いで……」
 小夜子がぎょっとしたような顔で俺を睨んだ。
「あ、いや。あれは事故……」
 俺は慌てて小夜子に弁明を始めた。頭の中はまさにカオス状態だった。小夜子は俺の手から携帯をもぎ取ると、いきなり菜々子を怒鳴りつけた。
「いい加減にしなさいよ。どれだけ心配かけてると思ってるの!」
「小夜子、どうしたんだ」