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朝木いろは
朝木いろは
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十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第二章>

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 母さんはダイニングテーブルに俺を座らせると、奥からとっておきのハーブティーを出してきた。
「いいことでもあった?」
「どうして?」
「だってそのお茶……」
「さすが悠ちゃんね。ママのことは世界一わかってるのね」
 母さんが突然“ママ”という言葉を選んだことに俺は困惑した。
「ママ、ママっていつも後ろをくっついて歩いていたのがつい昨日みたいに思えて。もう十七だっていうのにね」
 母さんは頬杖をついてハーブティーをすすった。
「悠ちゃんはね、いつまでたってもママの可愛い息子なの。ううん、ママの永遠の赤ちゃんなのよ」
「え?」
 母さんの言葉に俺はどう反応していいのかわからなかった。
「だからママを一人にしないでね。悠ちゃんが必要なの」
「急に何だよ」
 母さんは視線を天井に向けた。
「自分の気持ちがどこに向いているのかわからないのよ」
 組んでいた足を戻し、母さんは小さく息を吸い込んだ。
「昨日の夜、西園寺さんにプロポーズされたの」
 プロポーズという言葉に俺の心臓はキュッと締めつけられた。
「だけどね、わからないのよ。自分がどうしたいのか」
「じゃあ断ればいいじゃん」
「そういう簡単なものじゃないのよ」
「アイツのこと好きなの?」
「西園寺さんには感謝してる。本当に良い人だし、優しくしてくれるし。だから結婚って言われた時は嬉しかった。けど、胸がこう、熱くならないのよ。ドキドキできないっていうか……。そういう感情を持てないの」
「だから断ればいいだろ」
「でもね、あの人と一緒になれば生活は安定するし、仕事だって減らせるわ。老後も安心できるしね。打算的って言われるかもしれないけど、私だってそろそろ落ち着きたいのよ」
 俺は母さんから目をそらした。
「悠ちゃんに恋愛の相談なんてまだ早かったみたいね」
「どういう意味だよ」
「経験ないでしょ? 付き合ってる子を紹介してくれたこともないし」
「そんなこと関係ねぇだろ」
「ある。恋の相談は経験者じゃないと共感できないものよ」
「母さんはさ、何のために生きてんの?」
 俺は母さんの顔をまともに見ることができず、俯いたまま声を絞り出した。
「その年でまだドキドキしたい? 恋愛がしたい? 俺がいるのに? 息子じゃ足りないのかよ」
 胸に渦巻いていた黒い塊を一気に吐き出した。
 呆気にとられる母さんを尻目に俺は外に飛び出した。隣家で飼っている大きな白い犬がフェンスからひょこっと顔を出した。シッポを振りながら、甘ったるい顔で何かを訴えている。普段なら数回頭を撫でてやるのだが、今はそんな気分じゃない。慕ってくれる犬にさえも八つ当たりをしてしまいそうな自分が怖かった。