30年目のラブレター
エンドレスゲーム
店を出ると夕闇は
もう夜を迎えていた。
立ち並ぶ店の明かりは
煌々とし、何処かへさらって欲しいと
ねだる時間にはまだ早く
思いっきり酔ったふりして甘えれば
良かったと後悔した。
手をつなぎ
一歩、一歩
惜しむように、大切に歩く
駅まではすぐに着いてしまう。
私は気づかれないように
暗い路地がないか見ながら歩いていた。
100円パーキングの入口脇の
電柱の前で足を止め
私は彼にお願いした。
「ねえ、キスして」泣きそうになった。
「だめだよ」と言いながら、彼が口づけしてくれた。
舌を絡めた熱い口づけを想像していたのに
大人になった今でも、彼の口づけは
軽く、優しい、あったかいものだった。
キスのあと、私は彼の首筋にうもれた
彼は私を抱きしめ、そっと髪をなでてくれた。
懐かしい彼の香りに
私はなんだか、もう会えない予感がした。
「ねえ、する?」
「しないよ」
「ねえ、行く?」
「行かないよ」
私の誘惑をするりと交わす彼。
もう逢えないと知っていたなら
立ち止まって、泣きじゃくって
もう帰りたくないって
だだをこねればよかった…
ギュッと手をつないで
飲み屋街を歩く
もう二度とあえないかもしれないと
感じながら…。
駅までのたった100メートルが
二人の知らない時間を埋めることはできない。
メトロの入口の階段にさしかかった
私はまた
元の世界に戻ってくんだ…
「改札まで送るよ」
「ここでいいよ、また泣いちゃうから、じゃ!」
振り返らずに階段を降りる
階段を下りきって、振り返ったけれど
彼はもう、いなかった。
地下鉄の窓の外はどこまでも暗く
景色はない。
窓ガラスに映る悲しい私は46歳の私だった。
このゲームはいつまで続くのだろう
寄り添っては、離れ
愛し合うのかと、口づけしてはまた別れ
死ぬまで、どちらかが死ぬまで
何度も続くのだろうか。
作品名:30年目のラブレター 作家名:momo