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30年目のラブレター

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今夜決めて欲しい




「子供の頃から育った家に誰もいなくなっちゃったって寂しいよね」

「うん、お父さんとか、ただいまって帰ってきそうな気がするよ」


過ぎ行く時間は残酷で、誰もが歳をとり
やがて、順番に去ってゆく。

人の人生は短く儚い。
今を大切に生きたい。

自分の歩いてきた人生を振り返る時間はなかった
でも、きっと後悔ばかりではないはず。

寛貴が死んだら
誰が私に知らせてくれるのだろう
彼と死ばかりがつながった。

「ねえ、死なないでね」

「死なないよ、病気しないから…絶対に」

しょっちゅう病気しているくせに強がっている
彼が愛おしかった。


「ねえ、そのバッグすごく重そうだけど何が入ってるの?」

「ふふっ」

「まさか、家出してきたんじゃないよねぇ?」

「えー? 笑わせないでよ」

「確かに。家出にしては荷物が少ない」

「あ、いいの? 家出したら行っちゃおうかな?」

「やめてよー、怖いなー、夜中に突然ピンポーンとか来そうで」

「いっちゃおう! 突然」

都会のビルの谷間に沈む夕日は
どこか寂しく、吸い込む空気は
まだ冬の匂いがした。

あっという間に、少女の心に戻ってしまって
キスをせがみたかった私に
彼は気づいていたはず
なのに、言い出せずに
時計の針だけ無情に進んだ。


「いらっしゃいませ」
「母さんの葬儀の時は、ありがとね」
「いや、いや、大変だったね」
「突然だったからね」

ブルーを基調にした小さなイタリアンレストランは
彼の子供の頃からの友人の店だった。

「あ、高校の時、付き合ってた彼女」

「どうも、はじめまして」
「はじめまして」

私は、目尻の小じわが目立たないように
ニコリと挨拶をした。

「じゃあ、おまかせで頼むよ」
「わかった、チーズだめだったよな」
「うん、適当にお願い」

海の深いブルー色したテーブルクロスに
赤のワインがよく似合う。
彼と向き合って座り
彼から目が離せない。

頬は少し垂れ、髪も少し薄くなっていた。

「変わらないね」彼が言う。

「太っちゃって…」

「変わらないよ、元から年取らない顔してたもんね」

お世辞だろうけど、嬉しかった。

私は彼との空白の時間を少しでも埋めたくて
必死だったかもしれない。

土曜日は何してるの?
日曜日は何時に起きるの?
夕飯はどうしてるの?

聞くたびに彼は笑ってた。

「もっと食べなよ」

「胸がいっぱいで…」

昔だったら、そんなこと言えなかった
今は、正直に自分の気持ちを伝えることができる。
遅いのに……。

家に帰るのならば
そろそろ店を出なければならない時間が来た。

「そろそろ、帰ろうかな」

「わかった、行こうか?」

店を出たら、彼のしたいようにしようと思った。
家に帰らなくてもいい。
彼が私を受け止めてくれるなら。
彼に付いていこうと決めていた。

「ごめん、残しちゃって」
「すみません、胸がいっぱいで」私が言うと3人とも笑った。

「二人は何年ぶりに会ったの?」

彼が言った。
「20年ぶり」

私は言った。
「彼のストーカーだったんです」

作品名:30年目のラブレター 作家名:momo