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30年目のラブレター

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再会



部屋の鍵を閉めると
静かな外廊下に「カチャン」と冷たい音が響いた。
まるで夫に別れを告げるような音だった。

メトロの入口で待ち合わせをした。

「5時頃着くから、駅についたらまた電話するね」
「わかった」

もう少しで彼に会える喜びと、
夫への罪悪感が少々。

あと少しで彼に会える胸の高鳴りと
事故にでもあったらどうしようという
不安がいっぱい。

あと10分
あと5分…

電車がホームに止まり
扉が開いた途端、不安は消えた。

「もしもし、今着いた!」

私は、エスカレーターの追い越し側を
必死で昇りながら息を切らして
携帯を握った。

「どこ? 周りに何が見える?」
「まだ改札出てない」
「オレもタクシーつかまらない」
「このまま電話切らなくてもいい?」
「いいよ」

私の息遣いを聞いて彼が言う。

「走らなくていいよ! ちっちゃいんだから」
「え?ふふ……」

地下からの最後の階段を一段、また一段
駆け上がりながら
なんて言葉をかけよう…
もうそんなことしか考えていなかった。

薄暗いメトロの階段から見上げる空は
とても青く、雲の流れが早くって
私の胸の高鳴りのようだった。

「出たよ! 銀行がある」
「じゃ、そこで動かないで待ってて」
「うん」

私は緊張で口の中がカラカラだった
何か飲みたい…
自動販売機で水でも買えばいいのに
動かないでと言われ、そこから動けなくなっていた。
もうすでに、彼の魔法にかかっていた。

「チビーっ!」

寛貴の声がした。
私は振り返り、すぐにその胸に飛び込んだ。

「会いたかった…会いたかった…」

懐かしい彼の匂いを思いきり抱きしめた、
彼の中にすっぽりと収まる程、私は小さかった。

「チビだなぁ~相変わらず」

変わらない優しい笑顔で彼が言う。

彼はめちゃくちゃ老けていて、内心驚いた。
と、いうことは彼も私のことを同じように
思っているかもしれないと思うと
せつなく、悲しかった。

「これ…見て」

彼が青いギンガムチェックの薄汚い巾着袋を
差し出した。
私が15歳の時に作った袋だった。

「30年も…とっててくれたの…?」

夕方のメトロの駅の大きな交差点
沢山の人が行き交う中で
ひと目もはばからず
私は泣いた。

ずっと抱きしめていて欲しかったのに
恥ずかしがり屋の彼は人目を気にして、
私の手を掴んで歩き始めた。

「行こう!」

「どこに?」

自然に彼と指を絡ませ、少女に戻った。
どこまでも
どこまでも
一緒に歩いていきたい。

彼が結婚しないことが
ドラえもんのタイムマシーンで
わかっていたなら
何があっても、迷わず待ち続けていただろう。

神様はなんて残酷なんだろう。

「ご飯食べよっか、友達の店が傍にあるから」
「うん」

「そうだ、先に母さんの所、行ってみる?」
「え? いいの? 行きたい! 嬉しい」

寛貴のお父さんと、お母さんの眠る墓は
駅のすぐそばだった。

「墓参り、旦那さん許してくれるよね」
「全然平気」

線香を供え
私は両手を合わせ
おばさんにお礼を言った。

また逢わせてくれたんですね
ありがとうございます。と。

次は、ひとりでお花を持ってきます…。


「オレもここに入るから」
「うん、わかった、また来るよ」

私はふざけてそう言ったが、
先を歩く彼の後ろ姿を見ながら
何十年か後、人知れず
本当に寛貴に会いに来ていることを
想像した。

「待って!」

私は彼の腕にギュッとしがみついて
となりに並んで歩いた。

「ねえ? 赤い橋ってある?」

「赤い橋?……小さい橋なら…」

時が戻ったように私の世界が回っていた。



「そういえば、母さん、さっき何か言ってた?」

「え?」

「なにか聞こえたかなぁ? と思って」

「もう、ヒロくんの所に来ちゃいな! って言ってたよ」

しっかりと彼の指に自分の指を絡めてそう言うと、
彼はクスリと鼻で笑った。


作品名:30年目のラブレター 作家名:momo