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30年目のラブレター

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心凍えて



土曜日の昼、私は寛貴と電話で話す。
何よりも大切な時間。

これは不倫なのだろうか?
不倫ではないと自分を正当化する。

「ねえ、もしも、もしもだよ、病気とかで旦那が死んだら
私と結婚する?」

「あのさあ、昔から熱い性格じゃん、だから答えない」

寛貴は私の気持ちにブレーキをかけるのがうまい。
彼がまだ結婚していないのをいいことに
密かに予約するが、彼は言う。

「子供は欲しいよね」

「じゃあ、30歳くらいの女性じゃないと……もう私産めないし」

20年前に再会したとき、
寛貴の子供が欲しいと言った。

その時、叶わなかった私の思いは
生まれ変わって
彼と結ばれるまでは決して叶わぬ夢なんだ。

私が死ぬことが怖くないのは
そんな思いがあるからなのかもしれない。
早く、人生に幕を閉じて
生まれ変わりたいと願った時もあった。

彼の気持ちが掴みきれない
寂しさを、結婚という形で埋めた私は
何十年も後悔し続け
彼が結婚していないことで
更に後悔は大きく
結局、私の人生において彼の存在は
生きていく励みで
彼が死んだら果たして私は生きていられるのだろうか?

16歳の誕生日、彼にもらった
木箱のオルゴールの蓋を開けると
楽しくて陽気な音色がまだ色褪せすることなく
溢れ出した。

私の心のように。

ひとつボタンを掛け違えただけで
平凡な日常の何もかもが
変わって見えてきた。

何故、醤油ひとつ取るのに席をたつのを拒むのか
何故、トイレの掃除をしろと命令するのか
何故…
何故の数が毎日増えて、私は夫と生活している意味が
わからなくなっていった。
私の態度にイラつく夫との口喧嘩も
日常茶飯事になった。

ある晩、些細なことで口論となり
夫に殴られた。
私は寝巻きにダウンを羽織り
財布と携帯電話だけ握り締め
夜の街に飛び出した。

頬を撫でる風は
冷たくて哀しい。

私は迷わず寛貴に電話した。

「どうしたの? こんな時間に」

「ごめん。コンビニに行く途中」

「何かあったの?」

「ううん。声が聴きたくなって」

「ふ~ん? 今から来る?」

「え?」

行っていいなら、早く言ってよと思った。
こんな姿じゃとても会いになんて行けない。

「行かないって、わかってて誘ってるんでしょ?」

「そんなことないよ」

そう言うと、最後に煙草の煙を吐き出した。

彼の煙草を吸う仕草を思い出した。
彼が私の肩に回した指先を思い出した。
彼の匂いを思い出した。

シンガーソングライターの歌詞じゃないけど
会いたくて、会いたくて震えた。

「明日、行ってもいい?」


白いシーツの上で
目の前に寛貴の顔がある
私は目頭に涙を溜めたまま
真っ直ぐに彼を見つめ
彼も私を見つめ、涙をこぼす。

彼の両手は、私の首を絞め
今、まさに二人で
自由になろうというところだった。

これでいいんだ。




「ぷは~っ」

息が苦しくて目が覚めた。

作品名:30年目のラブレター 作家名:momo