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30年目のラブレター

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会いたくて逢いたくて



寛貴と最後に会ったのは20年前。
彼が胃潰瘍で入院し、私は慌てて飛んでいった。

30年前、高校生の私は寛貴と付き合い
彼の母と私は仲が良かった。
寛貴が入院した時、おばさんと電話で話したのが最後だったが
その時、彼のお母さんは

「うちに遊びに来た時、赤い橋、渡った?」と聞いた

私は記憶をたどって赤い橋を渡ったことをなんとか思い出したが
その橋が、どこにあったかはまるっきり思い出せなかった。
お母さんが死んだと聞いて、真っ先にその橋の話を思い出した。
赤い橋…。どこにあるんだろう。

「半年前に母さんが突然死んでさぁ」

「え? なんですぐに知らせてくれなかったの?」

「オレも体調崩して、やっとなんとか…」

「そっか……病気?」

「死ぬ前日さぁ、背中が痛いから病院行ってくるって言って、
なんでもないって言われて帰ってきて、
一晩明けて朝起きたら死んでた…」

「寛貴が家に一緒にいてよかった」

「母さんと仲良かったから、知らせなきゃと思って」

「うん…」

私は泣くに泣けなかった。
わざとらしいと思われたくなかったからだ。

彼のお母さんの明るく弾けるような声だけが
彼と話している間中、何度もこだました。

「お線香上げに行ってもいい?」

「いいよ、大変だし、家も母さんが死んだときから
片付けられなくて汚れてるしさ…
母さん、よくこんな広い家片付けしてたと思うよ」

私は想像した。
お邪魔したとき、おばあちゃんや、
ひいいおばあちゃんまで生きていて
家族みんなで揃って、父親の会社の従業員も集まって
みんなで賑やかに鍋を囲んだ。
あの広いリビングに彼はたったひとりで
生きてるんだ…。

「ひとりで大丈夫?」

「平気だよ」

「会いたい、会いに行っていい?」

「旦那さんに悪いでしょ?」

彼は電話をかけてくるくせに必ずそんなことを言う。
私はそのことについては決まって何も答えなかった。

私は彼の寂しさを
すぐに飛んでいってうめてあげたかった。
抱きしめたかった。

彼は自分の命も短いかもしれないと
思ったんじゃないかと
ふと、そんな気がした。

お母さんが亡くなった事を知らせるためにかけてきた電話なのに
私は、はしゃいでいた。

「今日はよくしゃべるね」

彼が少し笑いながら言う。

「そうだよね、あの頃もこうしてちゃんと話せたら
私達結婚してたかな?」

「そうかもね」

「私、全然話せなかったからね、好きすぎて」

「結婚するって電話してきて、オレ慌てて車で行ったんだよ。
でも、おばさんにもう会わない方がいいって言われてさ、
おばさんに聞いてる?」

「聞いてないよ、その話、いつも偉そうに言うけどさあ、じゃあ
その時、会ってたら、私と結婚した? しなかったんじゃないの?」

私の質問は的を得ていた。

「その時じゃないとわからないよ」

「ずるいよね、いつも自分の好きな時にだけ電話してきて
私の気持ちをもてあそぶよね」

「だってさあ、旦那さん居るのに
会えるの? 会えないでしょ?」

「会いたいよ! でも、よくよく考えたら……もう会えない」

「うん?」

「私、すごく歳とっちゃったよ」

「同じだよ、同じだけ歳とってるんだから」

「男と女は違うよ、男は若いこのほうがいいに決まってるよ」

40過ぎた私は、もう子供も産める歳じゃないことに
気がついた。

「友達にね、言われたの。寛貴とはSEXしてないから
いつまでたっても諦められないんじゃないの?って」

「話、おばさん臭いよ」

「だって、本当にそう思ってた。今度会ったら1度だけ抱いて欲しい」

「ダメだよ、あきらめないで欲しいから」

私はいつのまにか、主婦であることを忘れ
女になっていた。
忘れかけていた女に…。


作品名:30年目のラブレター 作家名:momo