30年目のラブレター
最後の言葉
朝からそわそわしていた。
その日は寛貴の母の月命日だった。
この間は突然だったので、
花も供えることができなかったし、
どうしても、きちんと墓参りを
済ませたかった。
そして、おばさんが言っていた
「赤い橋」もどこにあるのか、本当にあったのか、
確認したかった。
夫に、たまには一人で買い物に出かけたいというと
機嫌がよかったせいか、行っておいでと
快く送り出してくれた。
墓参りと思うと、あまり後ろめたさは感じなかった。
月命日で、誰かとハチ合わせしたくなかったので
寛貴にメールした。
-ひとりで勝手に行くので、お墓参り行ってもいいかな?-
SMSで読んでいるはずなのに、やはり返事はなかった。
……別にいいや。
私のおばさんへのケジメだし…。
家を出るときはそんな風に思っていた。
お墓は彼の住む街の隣の駅だ。
赤い橋は彼の街にあるはずなので
まずは彼の街に向かった。
地下鉄の階段を抜け、地上に出ると
すぐに大通りがある。
川が流れて大きな橋がかかっているが「赤」ではない。
天気もいいし、のんびり探そう。
ターミナルビルで買ってきた、お供え用の
花がしぼんでしまいそうなほど
暖かかったが、ゆっくりと
彼の住む街を、彼の見ている街を
歩いてみたかった。
信号をわたり、橋の欄干から川の流れるほうを覗くと
……あった!
赤い橋が、300m位い先にかかっていた。
あそこかぁ、嬉しかった。
もう一度渡ってみよう。
途中の自動販売機でペットボトルの水を買い
通りに並ぶ店先を眺めながら
何故か、ほのぼのとした気持ちでいた。
橋に着くと、赤ちゃんをバギーに載せた母親が
川の流れを眺めながらわたっていた。
初老の男性は一眼レフで写真を撮っていた。
おばさん、この橋が気にいっていたんだろうな…。
私は小さなその橋をゆっくりと渡りながら
満足感に浸った。
橋の真ん中あたりで、川の流れを見ながら
ゴクゴクとさっき買った水を飲み干した。
赤い橋、渡りきって、また振り返り
眺めながら、温かい気持ちになった。
よしっ、見おさめた。
それから、
寛貴の家には向かわず寺に向かった。
寛貴からのメールの返事がなかったので
行っていいのか迷い、一応電話をかけてみた。
「もしもし」
「もしもし」
「あ、ごめん、今ひと…」
私はすぐに気がついた。
人が来てるからと、言って
電話を切ろうとしていることが。
避けられている…。
寛貴の言葉をさえぎって
慌てている口ぶりで私は言った。
「あのね、バッテリーないから、聞いて、
もう来ちゃったから、お墓行っちゃうね、ごめん」
「ごめん……」
彼のごめんという声が
頭から離れない。
「ごめん……」の3文字に
沢山の意味が含まれているように
感じて、せつなくて、かなしくて
どうしようもなくて
どうにもならなくて
何度も、何度も
「ごめん……」が
頭から離れないまま、
さよならに気がついているのに
気がついていないふりをしながら
隣町まで歩いた。
おひさまは柔らかく微笑んでいるのに。
彼の声は冷たく。
私の心も凍えた。
最後と思い交差点で立ち止まりメールした。
それは、最後の賭けだったかもしれない。
-勝手に来ちゃってごめん これが最後だから 許して-
そこから寺までの一駅はとても遠く感じた。
メールを読んで彼が寺まで来てくれるかもしれない…。
作品名:30年目のラブレター 作家名:momo