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プリンス・プレタポルテ

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「やっぱり、女はくにの方がしっくりくる」
 摘んでいた葉巻を口から離す。きつい草の香りだけではない。くすぐったさが、腹から湧き上がる。
「言えてるな」
 久しぶりに表面へ浮き出た素直な笑いを、男はきょとんとした顔でじっと眺めていた。


 擦り傷だらけの顔と、破れた服の自分を見つけたベアトリスの表情を、彼は二度と忘れないだろう。吐き出すのが追いつかなかった彼女への想いは、いざ本人を目の前にすると全てが形をなくし、息苦しいほどの感動に変わる。かろうじて搾り出したのは、愛しい女の名前だけ。それも、酷く掠れて、呼吸音と混じってしまったが。
「アーネスト!!」
 この舌ったらずな声を、どれほど切望したか。スカートを蹴り上げ飛び込んできた少女の華奢な体躯をしっかりと抱きとめ、アーネストは彼女の柔らかい髪に顔をうずめた。
「ビー……すまない。すまなかった」
 震える胸のせいで上手く言葉を紡げず、全身で彼女の存在を探る。甘い匂い。脈打つ鼓動。求め続けた温かさ。背中に回された爪が作る痛み。お気に入りのブラウスの感触。そして、じわりと肩口に染み込む、美しい涙。
 二人は無言のまま、ロビーで抱き合っていた。通りかかる宿泊客達は、上品ぶった仕草で眉を吊り上げるが、到底邪魔できるものではない。この瞬間、彼らよりも満たされているものは、このホテルに存在しなかった。
 ベアトリスの吐息を満足するまで聞いた後、アーネストは身体を引き離した。涙に暮れた少女の顔は、茫然としているのか、どこまでも無表情だった。
「ビー、言わせてくれ。許してくれるなんて思っちゃいない。けれど」
 動きかけた口元を、そっと自らの唇で防ぐ。
「愛してる」
 絡めた吐息は溶け合い熱い。微かに唇を震わせたベアトリスは、やがて藍色の瞳をそっと伏せ、再び彼の肩に顔を埋めた。締め付ける胸の痛みに、アーネストも腕に力をこめる。
「もう飛行機が出るぞ」
 マネージャールームから顔を出したグレゴリオが、長すぎる抱擁に清潔な苦笑を漏らす。
「シャワーは」
「いや、いい」
 グレゴリオに闊達な笑みをみせつけ、アーネストはうきうきと答えた。
「アメリカまでひとっとびだ。それに、この格好で戻ったほうが、記者連中も喜ぶさ」
「そうだ、取材は」
「野暮なこと言うなよ、何とでもなる」