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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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「さぁ……数えてませんが」
「いい気味だ」
 一人ごちるように呟き、自分のグラスも同じもので満たす。
「よく引き渡したな」
「はぁ、上の奴が飛んできて、マネージャーの名前を出したら奴ら、顔色を変えましたよ」
「マネージャーって、私のことか、それともランスキーか?」
 ぐぅっと哀れな音を鳴らしながら美味い酒を喉に詰まらせ、苦しそうに身体を折る男を、グレゴリオは静かな微笑みで見下ろした。
「まぁ、どっちでもいい。無事助けられたんだ」
 力をこめてカウンターに置かれる腕の、包帯の部分を叩いたのは、確信的な行動だったが。
「噛み付くなんて、勇ましいな。さすがファウラーの恋人だ」
「ええ……あのアマ……いや、お嬢さんは」
 額の汗を袖で拭い、男は大きく息を吸い込んだ。
「部屋に入ったとき、ちょっとパニックを起こして。泣くわ喚くわの大立ち回りで、荷物をまとめさせるのに一時間は掛かりましたよ」
「仕方ないさ、あんな目にあって」
 葉巻をくわえると、慌ててマッチを差し出す。甘すぎる香りが広がるのと、部屋に差し込む夜明け前の最後の闇が、カーテンの向こうで砲弾に怯え揺れたのは、ほぼ同時だった。
「ここもおしまいか」
 呟きに、肺の奥まで溜めた煙が、不満の意を表して駆け巡り胸を膨張させる。男は困惑した顔つきのまま、指先でマッチの火を消した。
「ランスキーさんが来れば、大丈夫でしょう」
「だといいが」
 男が崇めるニューヨークの天才は既に、今ここに存在する全てを見限っている。機械の如く正確な判断。あまりにも、彼らしい。昔からそうだったじゃないか。彼の隣で、切り捨てられた連中の悲嘆に歪んだ顔を、何度も見下ろしてきた。彼は何も変わっていない。彼が先に、世界を変えてしまったのだから。変わっていくのは……
 紫煙が目に染みる。思わず目を閉じた。
「もしも、このカジノが閉鎖されたら、お前はどうする」
「そんなこと、ありませんよ。ランスキーさんがいれば」
「もしもの話だ」
 吸い口を思い切りかみ締めることで、苛立ちを身体の奥に押し込む。
「アメリカへ帰るのか」
「はぁ……」
 折れたマッチ棒を咥え、男は訳がわからないといった表情を浮かべた。
「閉鎖ですか」
「そうだ」
「そりゃ、戻りますね」
 歯をほじくろうとした手を際で止めた罰の悪そうな表情は、無知な幸福に溢れていた。