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プリンス・プレタポルテ

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16.ベアトリス



 皺だらけになったシーツの上に弛緩した体は自分の意思で動かすことすら億劫で、こめかみで脈打つ痛みは先ほどより穏やかになったものの、いまだに火照った頭を支配し続ける。膝の裏の熱さ、それに従い脱ぎ捨てたストッキングは半分だけ床に垂れ、捲れあがったスカートから見える細い脚は、二本ともマットレスに吸い付いている。
 汗と涙と唾液と零れたウイスキーにまみれた頬をぴったりとシーツに押し付け、ベアトリスは下から聞こえる銃声に身体を突き上げられるままに任せていた。止んだと思った頃に再開する鋭い音に驚いたベアトリスが、堪えきれずにカーテンの隙間から外を覗くと、一週間前まで彼女がテニスをしたり、アーネストと肩を寄せ合い睦言を交わしていた中庭へ無造作に積み上げられた死体。彼女が見下ろしたときも、血だらけの男の脚を掴んだ二人の兵隊が、天国のようだった花園を横断しているところだった。短い緑の芝生の上を屍が引き摺られた後に、うっすら血の帯が続く。塵芥と涙で濁ったベアトリスの眼に強く焼き付ける事象としては、申し分なかった。
 尤も、目の前で敗残兵の頭から血が霧になって吹き出す様を目撃しなかっただけ、彼女は幸せな部類であったかもしれない。兵たちが、この建物の中で処刑を行っていることは一目瞭然だった。あれ以来、一度も顔をみせないボーイの青年が言ったとおり、兵たちが部屋に踏み込んでくることはなかったが、それもいつまで守られるものであるか。事実、耳を澄ませば、廊下を駆け回る粗野な響きがはっきりと聞こえてくる。これが繊細な青年の立てる音でないことは言うまでもない。
 朝よりは僅かに開いたカーテンから差し込む光は、彼女が慰めを見出した明るい白さを汚され、鈍色の帯がちろちろと辺りを這い回る。時折彼女の顔にも差し掛かるが、どのような色を以ってしても、その頬に以前のような紅色をさす事は不可能だった。
 ラジオは先ほどひっくり返したせいで真空管が砕けたらしく、歌謡曲はおろかノイズの一つすら鳴らさない。聞こえるのは、終わりの宣告だけだった。自らの吐息すら、麻痺した耳には入ってこない。