プリンス・プレタポルテ
水辺のオーラリー。昨晩までは。今、彼女の小麦色の肌から色は抜け、白くふやけて膨れ上がった身体は、人形に作ったゼラチンのように、触れれば反発し揺れそうだった。魂を失ったもの特有の、薄く開かれたまなこの奥で濁った瞳、半分開いた唇からは形良い歯だけが覗くのは、力をなくした舌がその奥で縮こまっているせいだ。あどけなくすら見えるのは顔全体が膨張しているせいで、面影は殆んど失われていた。水の中で撫でた黒髪が顔一面を覆い、あのときのように?きあげてやりたいという衝動に駆られるが、情けないことに身体は凍りついたまま。紫色の夕暮れの中で痛々しく思った、未発達の上半身に張り付いた白いワイシャツを視線でたどれば、嫌でも目に付く襟の徽章。眼を離すことが出来なかった。
「今日はお早いですね、セニョル・ファウラー」
固く強張った首筋を無理に捻じ曲げれば、知り合いの軍曹がいかにも退屈そうな表情を浮かべて爪を?んでいる。彼はいつでも気のいい男だ。酒を飲むときも、人を殺すときも。
「ああ、酒が足りなかったらしい」
「それもそうですね。ここは貧しい。しかも、親バティスタ派の村だった」
女の亡骸をしげしげと見下ろし鳴らす鼻息は、まるで今日の昼食はまたCレーションだ、と嘆くのと同じ感覚で放たれる。日常と非日常の融合。それを耳にする私も、確実に巻き込まれている。
「この女の父親も政府軍の下士官で、俺たちの三つ前の部隊に連れて行かれたそうですよ。おそらく、もう生きちゃいないでしょう。で、よくある話で、少し頭がおかしくなったとか」
目玉すら動かせなくなった私の気持ちを良い方向に勘違いし、彼は乾いた笑いとため息をついた。
「酔った兵卒が、2人がかりで押さえ込んだとか。今日の昼前には処刑されますから、村人の怒りも鎮まるでしょう」
ぼんやりと頷く私の肩を叩いて、彼はまたすぐ群集に同化した。
昨晩抱いた女が死んだ。
私は幸せになってはいけない。誰かを幸せにしてはいけない。
作品名:プリンス・プレタポルテ 作家名:セールス・マン