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プリンス・プレタポルテ

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 身を乗り出して尋ねると、彼は手にした地面に突き刺し、じろりとけんのある上目遣いをみせる。数ヶ月前会いに行った息子も、年は小さいが、同じような顔で私を見た。不審。しょうがない。2歳のときに離婚したんだ、親しみなんか湧くわけがない。対応は、前妻に何と言われようとも、私には思い浮かばない。頬杖をついて、スコッチがあればそれを飲む。今はないから、乾いた口から息を吐く。
「父さんや母さんは騒いでるけど」
 睨んだ眼を足元に移し、発達した泥まみれの足の指で、反対側の脛を掻く。
「よく分からない。来ちゃダメだって」
「お父さんは、どっちに行った?」
 ぼそぼそとまだるっこい言い方に焦れる自分の大人気なさに、少し苛立つ。
鼻に押し付けた白い麻布は、思ったよりも緑藻の匂いが染み込んでいた。泥臭い水とくたびれた情事の残り香を鼻息で体内から追い出し、子供の指が示す方向へ首を向ける。寝台からみを起こし、めいいっぱい外へ身体を突き出すと、向かう人々、老いも若きも、革命軍の軍靴、裸足が作る砂埃に紛れて早足で向かう。彼らが足を向ける方角を見た私の気分を、どう説明したらいいだろうか。タルチュフですら、悪事を暴かれた瞬間にこれほどまでの恐怖を感じなかったに違いない。彼らが向かう場所、それは、カーソン・マッカラーズ風に言うとまさしく『禁じられた情事の森』。


 大急ぎでシャツに袖を通し、既に見知った、露悪が滞る場所へ駆けつける。高額納税者になって以来、演技以外でこんなにも必死に走ったのは始めてだったんじゃないだろうか。あんまり急ぎすぎて、緩んだ編み上げ靴の紐を踏み、危うく地面へ転がりそうになった。
 野次馬根性は先進国と後進国のどちらでも同じようにある。遠目から見ただけで、彼らの発するざわめきに、不安の色が溶け込んでいることが分かる。寝覚めの穏やかさは吹き飛び、痛む心臓と比例して噴き出す背中の冷や汗を流れるに任せるまま、ひそひそと憶測を交わして揺れる人の帯をかき分ける。



 川を流れるオフィーリアの死体は美しいものだったが、シェークスピアは本物の水死体を見たことがあったのだろうか。