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プリンス・プレタポルテ

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 中指の先がまだ十分張りのある肌に触れた途端、流れこむようにひらめいた冗談のようなオチに、グレゴリオは思わず苦い笑みを漏らした。そんなこと、まさか、小説じゃあるまいし。
「彼は」
「知り合ったのは、数ヶ月前なんです。ここに滞在なさってる」
 深く垂れた頭のせいで、襟足はますます露となるが、グレゴリオは静かに手を引き、カウンターに凭れ直した。
「ラスベガスにいるときから知っていると仰って。でも会ったのは偶然。それ以来、何度か部屋に花も」
 曇りの色を映しこんだ床の上で、高いヒールが音を立て、新たな傷をつける。
「2年前、奥さまと離婚なさったとかで」
「らしいね」
「この前、私に手紙を」
 震える声に、バーテンダーがちらりとこちらへ視線を送る。
「それで」
 事実は小説よりも奇なりとは、上手いことを言ったものだ。
 三流ミステリー、物語の中盤も過ぎ、犯人も分かったとき、ページを捲るのも億劫になったような顔で、グレゴリオは続きを促した。自分で加減したよりもずっと平坦な声に、キムはもてる限りの哀願を眼に浮かべて彼を見上げる。
「私が勝手にやったんです。彼は何も」
 どこかに砲撃が命中したのか、この国とアメリカを区切るホテルのガラス窓がびりびりと音を立てる。振動に急き立てられ、キムはどこまでも必死で、カクテルグラスを握る手は痛々しいほど。
「彼は私がイエスと言うまで、あそこでずっと待ってくれてるんです。でも、彼とてつもなくブラックジャックが下手で」
「昔から真面目な男だったからな」
 もったいぶった仕草でグラスに口をつけ、グレゴリオはわざとらしい嘆息をもらした。
「君の返答如何では、カジノの金庫がすっからかんになりかねないな」
 まだ怯えたような眼を向けるキムの顔を覗き込む。
「祝い金代わり、ということにしておこう。君はまだ若い」
 最後のウインクは、20年前なら通用するかもしれないが、今はもう。特に、ロマンス真っ只中の女性には。
 肩の力を抜いた途端現れた豊齢線もまだ薄い。戸惑ったように瞬きしたキムの顔が喜びに開いたとき、グレゴリオは彼女を女性ではなく娘としてみている自分に漸く気付き、苦さを上回った心地よい甘さを、グラスの残りと共にまとめて飲み干した。