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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 キムも思わず嘆息を漏らす。
「ロマンチック」
「君もあるだろう。若かったんだ」
 閑散とした室内に、氷の音は寂しく響く。
「若かったとも」
 夜通し粘り続けるギャンブラーたちから解放され、話し込むうちにいつの間にか昼近く。遅番だったキムにとってこの時間帯に眼を覚ましていることはきついに違いない。事実、彼女は相槌を打ち続けるばかりで、時折溶けそうな眼を長い睫毛で数度覆う。
 けれど、古今東西相場が決まっているものとして、話し上手の詐欺師はいつか必ず馬脚を現し、聞き上手の詐欺師はタネを墓場にまで持っていく。そしてあまり喋らない女というものはなんにせよ注意が必要なのだ。なんにせよ、こちらが気を配らなければ。
「さっきの紳士は、知ってるかい、大手の中古車ディーラーじゃなかったかな」
 ゆっくりと持ち上げられた顔の中、丁寧に塗られた唇が一瞬引き結ばれる。記憶に付け加え、グレゴリオは何気ない風を装って笑った。
「懐かしいな。MGMの重役が、彼に頼んで新品同様のロールス・ロイスを手に入れてね。きなり色のファンタム?で、女を誘うときはよく借りた」
 遠目で見た限り、白髪と目方が増えた以外は、昔と変わらない風体だった。セールスマンのささやかな楽しみ、短い休暇を邪魔する気は、もちろんない。彼があの頃と同じく、誠実なままならば。
「カジノで知り合いに会ったなら、挨拶を交わすくらいがちょうど良い。それ以上は、誤解の元だ。ニコが勘繰ってたぞ」
「ええ、でも、そんな」
 眼を伏せるのは真実の仕草だろうか。答えは否だと、普段の彼ならばすぐさま断定したに違いない。だが、寄せられた眉と、唇の端を内側から噛む仕草をじっと見つめていると、何故か経験が違和感を発する。
「わたし」
「何も無いならば、俺からも口ぞえするが」
 徹夜明けの乱れ髪の向こうで、何度も瞬きを繰り返す。これが演技ならば、オスカーだって夢ではない。彼がかつてラスベガスで眼にした女は、頭に孔雀の羽飾りをつけ、短いドレスで舞台の上から愛嬌を振りまく、ショーガールの一人だったはずだ。宝石と同じで、近寄ればどれも色が違う。
 逆光の中でも白い項に落ちた後れ毛を指でかき上げてやると、女は張り詰めた身じろぎで返答した。