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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 マイヤーがやって来たら、この場を彼に任せてアメリカへ帰ろう。彼女の口調を見分けることが可能になるほど、穏やかに言葉を交わしたい。カリフォルニアに来たばかりの頃、よく見上げた分譲住宅の看板に描かれていた、家庭的な白い家の中で。
「塗り替えたら、旅行に行かないか」
「ええ、良いわね」
「少しゆっくりしよう」
「ええ」
 他にも、いろいろやりたいことは。


「離れるといつもそう考えるんだが、なかなかね」
 最上階にあるバーはまだ開店前で、硝煙で灰色をした空がガラス越しに照らすのは、黙々とモップで床を磨き続ける現地の青年と、金を数えるバーテンダー。スツールに寄りかかったグレゴリオと、衣装の上からでも分かる大きな胸をカウンターに乗せたディーラーのキムだけが、グラスを手にして客の真似をしている。
「本当に思ってるの?」
 キムは悪戯っぽく首をかしげた。
「勿論」
 グレゴリオも軽く顔を傾け、遥か下界を視野に納める。燃え続ける市街地より立ち上る煙は止むことを知らず、陽気であらねばならないハバナの空気をますます濃い荒廃に染めていく。
「彼女は17だった。パン屋の三人姉妹の真ん中で、とてつもなく初心な、一等美しい娘でね」
 情事の跡を流しきることなど到底不可能な浅い眠りから覚め、仕方なく窓際で遠い夢の続きを追う昼下がり。そこに現れる、美しいはずの幻想すら隅に追いやる、薄汚れた現実を歩く少女。二時ごろ、黄色の光の中、地味なスカーフ姿でパンを配達している彼女が見上げる。豊かな髪が流れ、艶やかなオリーブ色の肌が陽の賞賛を受け輝き、大きな眼が見開かれる。真上からちょっと笑いかければ、彼女は顔を真っ赤にして足早にその場を立ち去ってしまう。
「小さい頃から顔見知りだったが、そのときほど、彼女のことを美しいと思ったことはないね」
 手の中のグラスを傾け、グレゴリオは遠くを見つめながら微笑んだ。
「どんな美女にも及ばない」
「そんな不良少年のプロポーズ、よく受けたわね」
 明かりの点らない室内では、全てのものに影が宿り、興味深げな表情を浮かべるキムの頬へ寄った皺すらも上手くごまかし、気にならない。
「若かったからな、毎日店へ通ってたよ」
 彼女のハートすら掴めば、あとはピザパイのような月が彼女の瞳を射るまま、世界が最高級のワインのように美しく輝いて見せるまま。
「小説みたい」