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プリンス・プレタポルテ

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14.グレゴリオ



 「家を塗り替えましょう。もっと明るい色に」
 先ほど聞いた妻の大人しい口ぶりは、いつまでもグレゴリオの耳に残っている。
「なんなら新しい家に引っ越そうか」
 グレゴリオがその昔、カメラの前でキャロル・ロンバートに語りかけたのと全く同じ抑揚で返すと、グリアはため息だけで答えを返した。
「大袈裟ね」
「ビヴァリー・ヒルズも品がなくなったよ。もっと静かな場所で」
「グレッグ、いいの」
 またため息。今までも感じ続けていた痛みが、一際増幅されて傷んだ肝臓の辺りに落ちた。
「住み慣れた場所だし。今更そんなこと、いやよ」
 グレゴリオと同じく、活動的だがつましやかな家庭に育ったグリアは、夫に伴われてカリフォルニアに来るとき、たいそう嫌がっていた。グレゴリオの知る限り、ロサンゼルスは彼女に何一つ楽しい思い出を植えつけてはくれなかった。彼女だけが、オレンジの甘酸っぱい匂いと陽気に唆されずにいた。夫の派手な女性関係、高級感に身を凭せることに長け過ぎた周囲の人間達。小さな彼女の背中に、神は、あまりにもふしだらな夫の罪すら背負わせたらしい。二人の間に子宝が恵まれることは、ついぞなかった。だから彼女は一人で、ビヴァリー・ヒルズの南端にある巨大な邸宅を守り続けていた。幾ら夫がスターになろうとも、堅実に貯金をし、ハウスキーパーすら雇おうとせず。この30年間、たった一人で。
 いつも彼女を前にすると覚える、苛立ちが蔦のように絡まった痛みも、何も見えない今なら、素直に受け取ることが出来る。
「それならいいが」
 キャロル・ロンバートどころか、今まで共演したどんな美しい女優に対しても言わなかったほど静かにゆっくりとした口調で、彼は尋ねた。
「君はどうしたい?」
 ニューヨークで生まれた彼女ならば知っているはずだ。生粋のニューヨーカーが真実を語るときは、とてつもなくはっきりと、低い声で言葉を紡ぐ。
 ひたと降りた沈黙の間、グレゴリオはここの所久しく味わったことのなかった、期待の酸い味をかみ締めていた。
「白なんてどうかしら」
 柔らかい口調。今までと同じようにも、その裏に何か温かみがあるようにも、どちらを取るかは、自らの選択しだいだった。
「いいんじゃないか」