プリンス・プレタポルテ
思い至った途端、胸を掻き毟る羞恥と憤りにベッドカバーへ爪を立てる。そのまま燃え盛る憎しみをバネに身体を起こし、ベッドへ身を乗り出した。倒れこみ、泳ぐようにして上へよじ登ると、サイドボードのウイスキーを鷲掴む。所在なさげに佇んでいた傍らのミネラルウォーターが横倒しになる。
一口で大量に含んだライはとてつもない辛さで、普段の彼女には耐えられるものではなかったが、沸騰した激情が嚥下の手助けをしてくれた。手持ちの水は昨晩とうとう絶え、そういえば喉が渇いていたのだと、ベアトリスは今更ながら喉を中心にして燃える身体を実感した。
思っていたよりもずっと手に重量を与える瓶を握り締め、彼女は滑り落ちるようにベッドサイドへ降りた。腰を下ろした途端、余りにも強張っていた肩に気付くが、幾ら努力しても緊張は抜けるたびすぐ新たに湧き上がり、打ちつけた尻の痛みと、旅行のため購入したシームレスストッキング越しに感じる足の裏の熱さを感じると、その熱が目頭にまで上って来るのは時間の問題だった。
アーネストは時折現在の妻に電話していた。ベアトリスがシャワーを浴びていたり、料理をしているときに限って、声を潜めながら。時折苛立って押し殺した怒鳴り声が響くとき、決まって挙がるのは彼の息子の名前。まだよちよち歩きの息子を可愛がるのと、ベアトリスを愛撫するのと、彼女に買ってくるテディ・ベアに差し出すとき一度そのふかふかの頭に頬ずりするのと、もしかしたら、今まで逢瀬を重ねてきた数々の女へ睦言を囁くときも、アーネストは同じように、優しく、気ままで、子供っぽい笑顔のまま接していたのだ。その事実に、ようやく気付く。彼が何よりも愛していたのは、言いたくない。けれど、そう、とっくに知っていたのだ。なのに、今まで彼女は何も見えてこなかった。見ることが出来るほど近くにあることすら知らなかったのだ。おとぎの国に住む何もかも満たされた王子の、残酷な自意識。ロビン・フッドは彼が愛した彼女を愛している。ジョージ・カスターも、妻の愛を平気で受け取り、だからこそ、同じものを「与える」。
作品名:プリンス・プレタポルテ 作家名:セールス・マン