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プリンス・プレタポルテ

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 その場に立ち竦むという猶予から何とか抜け出した後、彼女は震える手でドアの鍵とチェーンを掛けなおした。ノブを握るだけで、外の緊張に感電する。
 微妙に変わった空気は、ノイズつきのロックンロールと自惚れのおかげで察知することが出来なかった。己のうかつさを呪いたかった。能天気な笑みで愛嬌を振りまく間抜けな小娘を、青年はどんな表情で見つめていたか。あの黒い瞳は、何色をしていただろうか。
 あまりにも馬鹿らしいと自らですら分かる羞恥は、再びの銃声が鼓膜へ命中することにより飛び散ってくれた。戦慄く唇を抑える術など知らず、まるで自分のものではないような脚を叱咤し、何とか部屋に戻る。意味のないこととはわかっていても、息すらこらしてのろのろとベッドまで歩みを進める。膝をつき、マットレスへ頬を触れさせられるような距離に来たとき、不意に言いようのない怒りがこみ上げてきた。駒鳥が遥か彼方へ飛んでいくイメージが頭の中を占拠する。いつの間にか、握り締めていた拳を思い切り噛んでいた。


 『一応気を使ってるんじゃないかしら。相手は可愛らしいお嬢さんだし』
 3年前離婚したアーネストの二人目の妻のコメントが映画雑誌の片隅に掲載されたのは、付き合い始めたばかりの頃。これ以上読みたくはなかったが、痛々しい好奇心に負け、眼が残りの文字を追ってしまった。
 『アーニィは子供よりも奔放よ。食べたいときに食べ、飲みたいときに飲んで、その気になれば笑顔一つで女の子を枝垂れかからせる事だってできる。最近は大人しくしてるって言うけれど、どうだか……子供に、衝動を抑えなさい、理性的になりなさいなんて言っても無理でしょう?』
 あの時も、そうだ。今と同じようにベアトリスは頬の裏に歯を立て、煮えくり返る苛立ちを堪えていた。
 中年女の遠吠えなんて。
 更正させる、とか、導く、とか、そんな大袈裟な言葉は端から心に存在していなかった。彼女はただ、アーネストを愛し、敬い焦がれる一人の少女だった。いつでも彼の意見を尊重し、彼ばかり見つめていた。
 けれど、見ていた彼は何者だったのか。そもそも、自分は彼を本当に見つめていたのか。何よりも、彼は、そんな彼女をどう見ていたのか。