プリンス・プレタポルテ
マイヤーは深く長い嘆息でその年を表現した。顔が見えない分、彼の言葉は実直に全てを伝える。本人が思う以上に、彼は年を重ねている。自らの言葉の節々にも同じ哀愁が滲み、相手に受け取られているのかと思うと、どうにも切なかった。
「様子は窺う。交渉もする。だが、新たな境地も開かねばなるまい。そっちの大陸はもうこりごりだ、国内のほうがよっぽどマシさ」
「それはつまり」
そこから先を言葉にすることは出来なかった。マイヤーも同じことを考えているとはっきり悟った。呼吸すら途絶えた沈黙の底に押し込めた痛みを、面と向かって彼と共有したことは、この10年間一度としてなかった。
「ラスベガスは実績がある。幾らでも大きくなる。ベンが聞いたら、そっくり返って笑うだろうな」
マイヤーの口から彼の名を聞くのは、その男ベンジャミン・シーゲルがビバリー・ヒルズの自宅で頭を吹き飛ばされて以来始めてのことだった。
「フランク・コステロなんかホテル投資ですっかり儲けて、マンハッタンで悠々自適の生活だ」
「彼、まだそんな年じゃないだろう」
言いながら、数年前新聞に掲載されたマグ・ショットを記憶から引っ張り出す。
「そんな年さ」
雑音すらも黙らせるほど、マイヤーは静かな口調で言った。それは余りにも鋭くあっけない刺激だった。生き物の身体を刺したとき微かに空気が抜け、同時に魂が宙に解き放たれるように、グレゴリオの中でわだかまる冷酷さが、一気に熱を上げて喉許から漏れ出した。
「ベンだってそうだ、生きていたら俺やお前と変わらない年になってる」
「だが、あいつは死んだ」
「そう、作った男が」
「グレッグ」
「これじゃあまるで俺達は」
「グレッグ」
マイヤーの声は、しっかりと耳に入った。哀願口調はお前らしくない。ラビだってそんな声出さないぜ。バグジー(虫けら)ならそう言うに決まってる。
作品名:プリンス・プレタポルテ 作家名:セールス・マン