プリンス・プレタポルテ
再び安心してコインを回しながら頷く。サムは密かに麻薬を取引していると、フィリックスは話していた。サムはマイヤーが毛嫌いするヴィト・ジェノヴェーゼと手を組んでいる。マイヤーは、ジェノヴェーゼと同じくらい麻薬を毛嫌いし、バティスタを冷ややかな眼で値踏みしていた。
ならば、期待に沿うことの出来なかった男バティスタに代わる指導者カストロと、マイヤーの関係はどうなるか。
「他に何があるんだ」
僅かに固くなったマイヤーの声に、グレゴリオはゆっくりと瞼を下ろした。興味も霞の如く消え果る。
「カストロと茶でも飲むのかと」
これ以上首を突っ込むのは厄介だし、そもそも誰一人として望んでなどいない。中途半端な温みを移した銀貨がデスクを転がり、モーツァルトにぶつかる。
「問題はカストロがそこまで気のいい奴かどうかだな」
昔から爺臭いと思っていたマイヤーのため息は今になってようやく年相応に聞こえる。
「あいつはおそらく、カジノを閉める気だ」
微かにノイズが混じり、静けさは陰鬱に変わって、グレゴリオの心すらも下降気候へと向かわせる。
「今ホテルを閉鎖したら、そうだな、損失は馬鹿にならない額だとは言っておこう」
「だが、まさか。カストロと言っても」
「奴は民衆を掴んだ。この瞬間なら何だって出来る。アメリカに楯突く事だって」
広く高級なだけしか利点のない部屋の中心で、神経質そうに眉をひそめているのだと思うと、彼はどこまでも謹厳な友人に心底の同情を覚えた。彼の机の上には、アメリカを何度も転覆できる帳簿や書類が無造作に広げられている。その中でマイヤー・ランスキーという男が心底大切にしているのは、袋の中に入った制酸薬であることは、おそらくフーヴァー長官だって知りはしない。
「サムは怒り狂ってる」
このことをフィリックスは知っているのか否か。口にしたとき彼が挙げるきぃきぃ声という、あるはずもない想像を浮かばせ、グレゴリオは白い石膏とまがいものの銀貨に差す退屈な午後の光を見つめていた。
「始めてハバナへ行って以来20年だ」
「長いな」
「とんでもない、短すぎる。やっと実になったばかりだ」
作品名:プリンス・プレタポルテ 作家名:セールス・マン