プリンス・プレタポルテ
お互い引っ込みのつかなくなった生ぬるい笑いが尾を引き、余りにも離れすぎた電話線の中で増幅した。
「すまなかったな」
やがてマイヤーは、融資を貸し渋る銀行家のような口ぶりで謝罪の言葉を言い放つ。
「こんなに早くカストロがやってくると思わなかった」
「よく言う」
グレゴリオは今度こそ穏やかな笑い声を立てた。再び摘み上げられて宙を舞う銀貨の向こうで、貰ったモーツァルトの石膏像が冷たい横目を向けている。
「知ってたんだろう」
「半分は」
マイヤーも苦笑する。
「到着の時期は賭けだった。だが、彼らが侵入直後にこっちへ危害を加えないことは、85%確信していた」
「なんだそれは」
「14%はカストロ以外にも頭のいい奴がいるか、もしくはカストロの統率力が思ったよりも弱いかのどちらか。後の1%は、神の気まぐれだ」
「おまえの口から神なんて」
モーツァルトの顔の向きを調節しながら、グレゴリオは言った。
「本当にミサイルがきたらどうする」
「大丈夫だ、今まで何もなかった」
また耳に障る咳払いをして、マイヤーは声を改めた。
「俺もそっちに向かう。到着は明後日だ」
「なんだって」
グレゴリオは飛びかけたコインを掴みなおした。
「危険すぎないか」
「緊急事態だ」
ニューヨークで一番頭の切れる男はあくまで冷静だった。
「カストロが市内に入るのは8日だ」
「サッキーニから聞いた」
「あいつの言うことは信用しないほうがいい」
渋い声で言い捨てる。
「あれだけ人気が出れば仕方のないことなのかもしれんが、どうにも誇大妄想の気がある」
堅実な性格のマイヤーにすれば、そもそもハリウッドという場所からして不可解な存在であることは、グレゴリオも了承していた。不可解という言葉は当てはまらない。彼ほど虚勢を張る人間の襞を読むことに長けた人間もそういなかった。
「あんな奴をオーナーにするとはサムらしくない」
「今回は当たってた」
グレゴリオはため息をついて、モーツァルトに後ろを向くよう指示した。
「そうだろう?」
「まあな。サムも近いうちに来る」
「カジノの件か」
作品名:プリンス・プレタポルテ 作家名:セールス・マン