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プリンス・プレタポルテ

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 先ほどまでディーラーに口にするのも憚るような罵詈雑言を投げつけていたのと全く同じ勢いで、フィリックスは延々と次期大統領選に出馬する男の話を語り続けた。グレゴリオは彼の言葉を決して遮らなかった。飛び出す言葉を耳はしっかりとしまいこみ、眼はよく動く歌手の口を見ている。彼はただ、この10ほど年下の男のむらっ気を、火の消えた感情で静かに受け止めていた。
「それだけ頼りにされてるのに、こんな危ないところに来てちゃまずいんじゃないか」
「なに、大丈夫さ。このあたりは、アメリカの占領地みたいなもんだからな」
 それがすなわち自分の領土だと言わんばかりの顔で、満足そうに鼻から煙を噴き出してみせる。
「こんなド田舎も、たまには良いもんだ。記者もいない、カジノも女も何でもござれで」
「少し銃弾が多すぎるが」
「すぐ終わるさ。カストロのくそったれが入り込んできやがるからな」
 フィリックスの言葉に、グレゴリオは相手に気付かれぬようこっそりと自らの注意を目の前の男に戻した。
「市内に入るのはまだだろう」
 グレゴリオの眼に光るが興味の色に気をよくして、フィリックスはますます胸をそらして言葉を継ぐ。
「知らなかったのか? うちのホテルを出る直前に電報が入ってきてな。サムがヴィト・ジェノヴェーゼと組んでバティスタのところからヤクを送ってただろ?そのツテで情報が流れ込んで来るんだ……カストロが到着するのは8日だ」
 ちらりと舌を覗かせて葉巻を舐める仕草は、グレゴリオやエドワード・G・ロビンソンがよくカメラの前でやっていた仕草とそっくりそのままだった。
「4日後か」
 グレゴリオは首を振った。
「まずいな」
「なに、ホテルに踏み込んできやがったら、あいつらが黙っちゃいない」
「それはそうだが」
 唇を湿し、グレゴリオはカウンターに肘を突いた。まだ一杯目のショットグラスを持て余しているグレゴリオを尻目に、フィリックスは次々とシャンパングラスの注文を重ねている。
「社会主義者は何をするかわからないからな」
「あんた女の子みたいにセンチだぜ、グレッグ」
 腹の底に溜まったアルコールの感覚に浮かべた倦怠を、彼はすっかり勘違いしたらしい。グレゴリオの諦めた末の追従をもかき消す勢いで、フィリックスは大口を開けて笑った。